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酒と煙草と英国紳士<8> 

携帯を切った後、早川は考え込むときの癖で顎を指先で幾度も撫でる。出逢ってから半月程になるが、毎日の殆どを津行の部屋で過ごした。言葉は乱暴だが、細やかな心使いを示してくれた。きっとこのまま行けば、いつかは共に過ごすことになるのだと信じ始めていただけに、ショックが大きい。
『あんたとあそこで会う気は無い』
津行が言うのは、つまり二人の関係をオープンにする気は無いということだろう。早川だとて、親族の前でオープンにする気は無い。おそらく、和田や基子、それにワンダービルのオーナー連中に知らせるくらいだ。
だが、あの店は褌パブという形をとってはいるものの、いわゆる所のゲイパブである。店にいる連中は、ゲイかバイ。もしくはそれに理解を示しているものたちだ。そこで早川と会う気が無いということは、つまり。
「身体だけと言う訳か」
言葉にしてみると、より一層確信を持ってしまう。いつの間にか津行との将来などを夢見ていた自分の馬鹿さ加減に呆れるだけだ。
「それなら、それなりに付き合うだけだ」
気分を変えようと立ち上がる。久しぶりに可愛い有須の顔でも見れば、腹立ちも少しは収まるだろう。
「旦那様。お出掛けですか?」
基子が怪訝そうに声を上げた。何を今更と早川は首を捻る。ここの処、大事な客が来ない場合に店にいたことは無い。
「何か予定があったか?」
「いえ。行ってらっしゃいませ」
問い返す早川に、基子はにっこりと微笑を浮かべて頭を下げた。ぱたりと扉が閉まったのを確認して、基子は和田を振り返る。
「和田さん。今日、わたくし最後まで残りますわ」
「基子。何かあると思うのかい?」
「旦那様、かなり自棄になった感じですわね。前からご自分の感情に対して素直な方ではありましたけれど」
「特にアリスさまと知り合ってからは、顕著ではあったな」
顔に出ない性質ではあるので、早川本人は何も知られていない気でいるのだろうが、ちょっとした仕草に出るのが和田や基子にはバレバレだ。
行き先はアリスのところだろう。可愛いアリスの顔を見て癒されるのはひと時だけで、その後には虚しくなることが判っているのに何故と思わないでもない。
「わたくし、旦那様はマゾではないのかと思うことがありますわ」
「基子。言い過ぎだよ」
和田も基子を嗜めつつも深く溜息を吐いてしまった。

「早川さん」
『将』へ行くとカウンターの片隅へ座っていた蔵斗に満面の笑みで迎えられる。早川は自分へ向けられるそれに満足して蔵斗の隣へ腰掛けた。
「久しぶりだね。有須」
「はい。お店忙しかったんですか?」
毎日のようにあらわれていた早川が『将』へと来なくなったのは、店が忙しい所為だと考えていたらしい。
「いや、和田に駅前のトラットリアの偵察に行くように言われていてね。倉田くんのディナーが恋しくなって来たところだ」
「大変なんですね」
早川の言葉を、蔵斗はまっすぐに額面通りに受け取った。
「有須に逢えなくて寂しかったよ。倉田くん、冷酒を。後は任せる」
目の前に店のマスターである美作がいるが、それはまったく無視である。この所、まったく『将』に寄り付かなくなった早川に、恋人を寂しがらせると不安に思うのと同時に、ほっとしてもいた。
やはり、美作にも警戒心はある。早川は本当に蔵斗に惚れていたのが判っているからだ。昼間に勤める蔵斗とはどうしてもすれ違いが多い。寂しがらせるのではないか、呆れて去ってしまうのではないかと思うこともしばしばある。
かといって、蔵斗のような世間ずれしていない男に、夜の勤めは無理だ。何よりも自分が我慢出来ない。
美作にとって早川への感情は、有難いのと不安とがない交ぜになった状態なのだ。
「美作。機嫌が悪そうだな」
「ああ。誰かさんのお陰でね。蔵斗、あまりくっつかないでくれないか。俺が嫉妬するから」
睨みつけるように早川を見た美作は、蔵斗が誤解しないようにきちんと言い添えた。でないと、自己評価の低い蔵斗はすぐに勘違いをしてしまう。
「そう睨まなくともいいだろう。僕だって有須が笑ってくれるのが一番いいんだ」
同意を求めるように、じっと見つめてくる早川に、蔵斗は頬を染めて視線を彷徨わせてしまう。だが、すぐに早川に視線を戻して、蔵斗は言葉を捜した。
「ありがとうございます。気持ちは嬉しいです」
真っ赤になりながらも、何とか感謝していると伝える。それが恋人の嫉妬をより煽っていると気づかないあたりが、いかにも蔵斗らしい。
だが、美作もそれ以上は妬いていることを顕わにはしなかった。蔵斗が少しでも前を向いて自分の言葉を発することが今の蔵斗に必要なことだと知っているからだ。
信頼しあう恋人たちの姿に、早川は秘かに溜息を吐いた。
同時に思い出すのは、蔵斗に似ている男の顔だ。お互いに好ましいと思っていると感じていたが、それは都合のいい幻想だったらしい。
今日も『将』にいる筈だ。
だが、振り向いて探すつもりは無い。これきりならばそれで構わない。目の前に置かれた洒落たグラスに注がれた冷酒を一気に煽った。
「倉田くん、これ美味いな。もう一杯くれないか」
「珍しい呑み方っすね」
酒には強いが、『将』には料理が目当てで通うと言っていただけに、酒は食前酒として味わうのがここでの早川の呑み方だ。
「早川さん?」
「有須も呑むかい?」
常と違う早川の様子に、蔵斗が怪訝そうな瞳を向ける。ああ、心配を掛けているなとは思ったが、酒を煽る手は止まらなかった。

津行が早川に気付いたのは、『将』に来て結構経ってからだ。
言い争いのようになった後にまさか来ているとは思わなかったし、カウンターに近い位置には常連が陣取っていて近づけない所為もある。
気が付いたのは焦ったような蔵斗の声が聞こえたからだ。
「もうそこまでにしましょう。早川さん」
「いくら何でも呑み過ぎだ。早川」
マスターも早川の腕を掴み、酒を煽る手を止めている。
「もう一杯だけだよ。倉田くん」
「何処の酔っ払いっすか」
厨房の係である倉田も嫌そうな顔で酒を出すことを拒んでいた。基本、この店は食事と酒は楽しむためのものだ。
酔客など見ることは無い。
「それ以上は出入り禁止にするぞ」
美作のキツイ瞳で睨まれて、早川が渋々腰を上げた。
「出入り禁止にされては、倉田くんのディナーも有須の顔もお預けになってしまうな。仕方が無いから帰るよ」
普段の伊達男ぶりは何処へ行ったのかと疑うような、肩を落とした背中に、津行は最初と同じく後を追うしかなかった。

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