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酒と煙草と英国紳士<10> 

「津行。驚かせてすまない。ワンダーランドの三階の『クイーンガーデン』のオーナーだよ」
「雅よ。創玄とは腐れ縁なの。よろしく」
女装美女が艶やかに微笑む。簡素な格好ではあるが、とても男だとは思えない。
「じゃあ、これきりにするわね。ここ、住むんでしょ?」
「ああ。そのつもりだ」
うなずいた雅が津行に手を振った。あっけに取られて見送る津行を早川が抱きしめる。
「誰が何を言っても構わないとは思えないか?」
「人目は気になる。当たり前だろう。あんたはどうだか知らねぇが、俺はノンケばっかりの世間で普通に暮らしてんだ。あそこだけが性癖ごと、ありのままの俺を受け入れてくれる場所なんだ。あそこを奪われるのは辛い」
「そうか」
早川は漸く理解できた。早川のことを隠したい訳ではなく、後ろ指を差されることが嫌なのだ。純粋に祝ってくれるものたちばかりではないだろう。津行を金目当てだと思うものがいることくらいは早川にも想像が付く。
早川には理解してくれる友人や職場があり、その中で暮らしているが、津行は違う。
「ここで一緒に暮らさないか」
「いいけどよ。あんた家に帰るの、嫌だって言ってなかったか」
以前、家には帰らないのかと聞いた津行に、帰りたくないと呟いた。あれは本音だろう。
「父が死んだ後に、少しだけ母と暮らしていたんだ。その母もすぐに入院してね。一人でこの家にいると、あの当時を思い出して。あまり好きじゃないんだ。実は殆ど店のオーナールームで過ごしているんだよ」
「そうなのか。寂しいな」
だからこそ、津行の部屋に居ついてしまったのだろう。ここはまるで家具屋の一角のようだ。生活観がまるで無い。早川が少年の頃から暮らしていた筈なのに。
「いいぜ。一緒に暮らそう。俺の部屋の荷物、持ち込んじまってもいいか」
「大歓迎だ」
背後から津行を抱きしめた早川を振り返る。早川は落ち着いた表情で笑っていた。津行はその取り澄ました表情を崩したくて、早川の腕を強引に振りほどいて立ち上がる。
「津行?」
「善は急げって言うだろ。さっさと運び込もうぜ」
津行が早川の手を引いた。早川は呆気に取られた顔をしている。すました顔で取り繕った男だと思っていた。別世界の人間なのだと。
だが、今津行の前にいる男は、笑ったり怒ったり、拗ねたり呆れたりする普通の男だ。
津行に腕を引かれるまま、立ち上がろうとした早川の足がもつれる。
「すまねぇ。創玄さん、あんたの体調を考えなかった」
「こっちこそ、すまない。せっかく津行がその気になってくれたのに」
先程までかなり酔っ払っていたのだということを二人して忘れていた。顔を見合わせて笑いが浮かぶ。
「明日にするか」
「そうだな。明日にしよう」
大きなソファへ早川が寝転がり、手招かれるまま津行が早川の傍らへと身を寄せた。今夜はゆったりと眠れそうだと互いに感じていた。

翌朝、早川が目を覚ますと、既に津行はいない。
身を起こすと、走り書きのメモがあった。
『仕事行ってくる。終わったら、メールする』
短い用件だけのものだが、津行の男らしい字が躍っているだけでも早川には好ましい。折りたたんでソファに備え付けのボックスにしまいこんだ。
津行のが掛けてくれたらしい毛布をたたみ、早川は身支度に取り掛かる。仕事へ向う足取りも軽かった。
「旦那様。おはようございます」
「おはよう、基子。何だ、眠そうだな」
ゴシックの扉を開くと、どうやらソファで転寝をしていたらしい基子に迎えられる。常にしゃきっとしている基子には珍しいことだ。
「いえ、旦那様は本日はご機嫌でいらっしゃいますのね」
「ああ、判るか」
どうやら浮かれている自覚はあるらしい。早川は、照れたように頭を掻いた。
「基子。すまないが、明日は夜まで店へ居てくれないか。紹介したい相手がいるんだ」
「そんなことだと思いましたわ。わたくしよりも和田さんに申し出られた方がよろしい気はしますが」
「もちろんだ」
うなずいた早川に、メガネの縁を少し上げた基子が微笑む。やっと早川も落ち着く相手を見つけたらしい。昨晩のイラついた様子はなりを潜め、ゆったりとした笑みが顔に浮かんでいた。

「何だ、おめぇら」
浮かれた気分で家へと戻ってきた津行を出迎えたのは、期待していた相手ではない。古いアパートの前に立っていたのは、不機嫌そうな顔の沼田と気まずそうな惣治だ。
「邪魔するぜ」
扉を開けると、沼田が上がりこんでくる。
「あんま時間ねぇんだが」
「またあいつと逢うのか?」
沼田が言い出すのに、津行は深く溜息を吐いた。昨日の態度で聡い沼田に気付かれない筈は無いとは思っていたが、この様子では相手に関しても、確信をもっているらしい。
「あいつって?」
それでも津行は一応惚けたフリをしてみせた。
「いい加減にしろよ。お前、あのイギリス野郎と付き合ってんだろうが」
じろりと惣治を見ると、沼田の背後でぶんぶんと首を振る。どうやら吐いた訳では無さそうだ。
「お前、前もあいつの後付いてっただろう。バレバレなんだよ」
「だから何だ?」
バレているのは承知した。だが、何を言いたいのかが判らない。
「あの男がお前なんか相手にする訳無いだろう。いい加減に目を覚ませ」
決め付けられて、笑いが漏れる。昨日までの自分もそう思い込んでいた。あんな金もあってきちんと店も持っていて、容姿も整っている。そんな男が自分を相手にするのはひと時だけのことだと。
「何が可笑しい」
馬鹿にされたと思い込んだ沼田が、津行の襟首を掴んだ。
「そうじゃねぇよ。沼さん、俺もアイツも本気なんだ。理解してくれとは言わねぇ。ただ、そっとしておいて欲しいだけだ」
だが、津行は静かに目を伏せる。諦めを滲ませたそれに、沼田は一層勘違いをしてしまう。今だけでもいいと考えているのだと。
「捨てられて泣くのはお前だろう!」
詰め寄る沼田に、津行は反論する術がなかった。真実は自分たちの中にしかない。早川の嘆きが、今ならば判る気がした。

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