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酒と煙草と英国紳士<11> 

「捨てられたりしねぇよ。どっちかの気持ちが冷めたときに恋愛が終わることはあるだろうけどな」
今の気持ちが永遠に続くなどという幻想は抱いていない。嫌になることもあるかもしれない。それでもお互いが納得するまで話し合って、それから別れるだろう。
きっと解っては貰えないことを承知で、津行は顔を上げ、きっぱりと言い放った。
「騙されてるだけだ! あんな奴が俺たちみたいな日雇い労働者なんか相手にするもんか!」
なおも詰め寄る沼田の背後から、惣治が身体を羽交い絞めにする。
「もう、無理っすよ。ゆきさんは決めてるっす!」
決して解りあえない沼田や惣治の前でも、津行は堂々と前を向いている。惣治の憧れた瀬川津行はそういう男だ。
「ゆき、」
「泣くこともあるかもしれねぇ。だが、それは裏切ったとか捨てられたとかじゃねぇんだ。俺とあの人の間の事だ」
惣治にまで諭され呆然とする沼田に、津行は静かに笑う。
「僕が津行を裏切るとか捨てるとかは有り得無いな」
その津行に応えるように、沼田と惣治の背後から声が掛かった。振り向いた沼田が唖然と男を見上げる。
「津行。迎えに来た」
「津行さまには、はじめてお目に掛かります。早川の下で働いております。基子と申します。引越しとの事。何でもお申し付けくださいませ」
満面の笑みを浮かべた早川はともかく、背後に控えた若い女を見た津行はがっくりと肩を落とした。
「あのな、創玄さん。俺の部屋は台所付きの一間だぞ。手伝いなんぞ、要る訳無いだろう」
断ろうとした津行に、基子がにっこりと笑って進み出る。
「誤解なさらないでくださいませ。旦那様は必要ないとおっしゃったのですが、わたくしが勝手に付いてきただけですの」
戸惑いを顕わにする津行に、基子はますます笑いを誘われた。これは早川の好みのタイプだ。謙虚で誠実で、しかも早川におもねる事が無い。
「早く津行さまを見たかっただけですのよ。悪く思わないでくださいませ。でも、気が変わりました」
にっこりと微笑む基子に、津行がぎくりと身をすくませた。また否定されるのだろうか、自分たちの思いを。
だが、基子は腕まくりをすると、突然の展開に呆然としたままの沼田と惣治を、文字通りに押し退けて部屋の中へと入ると、中を見回した。
「津行さま。何をお持ちになりますの?」
くるりと基子が振り返り、津行ははっと顔を上げる。本当に手伝う気らしい。
「ホントにいいんだ。今日は身の回りのものを持っていくだけで」
「やっぱりね。駄目ですわ。このアパート、引き払いましょう。それとも、どうしても残しておきたい思い出でもございます?」
ずいっと基子に詰め寄られて、津行は慌てた。別段、何か思い入れがある訳ではないが、いきなり引き払えとはどういう意図なのか。
「い、いきなりか。何で」
「何かあったときの為ですわ。出来れば逃げ場は断ってしまった方が貴方様も腹が座りますでしょ」
にっこり笑うスレンダーな女は、言葉こそ丁寧だが、瞳は津行を見据えるようだ。
「あんた、何を考えてるんだ?」
「旦那様の幸せですわ。うちの旦那様は苦労をしてはおられますが、根は世間知らずの坊ちゃんのままですの。人が良くて、いつも貧乏くじを引いてばかり。せっかく人に慣れないうさぎを可愛がって懐かせたのに、愛らしいうさぎは自ら狼に食べられに行ってしまいました。その二の舞はごめんですのよ」
辛らつな女が、アリスと将のマスターのことをあてこすっていることは、津行にも判る。早川が苦笑を浮かべたまま、頭をかいた。
「要は俺に逃げられねぇようにしようってか。俺程度なんぞ、創玄さんならいくらでも」
「いいえ!」
あまりの先回りに、さすがの津行も訂正をいれるが、激しい調子の基子の声に遮られる。
「貴方のような方が、早川には必要ですわ。どうか、わたくしの我侭、聞いてくださいまし」
「基子」
津行に向って頭を下げた基子に、早川は呆然とそれを見下ろした。津行は慌てて、基子に向って頭を下げる。
「俺こそ。俺で申し訳ねぇが、創玄さんの傍にいさせてくれ」
「もちろんですわ」
顔を上げた基子は、同時に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「では、津行さま。わたくしにお任せくださいますわね?」
基子の表情を見た瞬間に、津行は計られたことを悟ったが、もう遅い。出るのは諦めの溜息だけだ。だが、それは決して後ろ向きなものでは無かった。
テキパキと脇に抱えたダンボール箱を組み立てると、基子はさっさと椀やグラスをその中へと放り込みはじめる。
「そこのお二人。さっさとお帰りになられたらいかが? それとも、旦那様と津行さまの行く末を祝う気でもおありかしら。ならば、手を貸してくださっても構いませんわよ」
急展開の事態に付いていけない沼田と惣治に、基子は高圧的な視線を投げ掛けた。
「ずいぶんとうちの旦那様を見くびっておくれだこと。金とか容姿とかそんな俗なものでは動きませんわよ?」
基子の言葉に、津行は隣に立つ早川を見る。早川は優しい目で津行を見つめていた。
「創玄、さん」
「見詰め合う時間は、後でたくさんございますわ」
パンパンと基子が手を叩く。顔を見合わせた津行と早川はクスリと笑って、基子へと向き直った。
「基子さん、すまねぇ。皿とグラス。それに鍋は持っていきたい」
「津行。ふとんはいらないだろう。ベッドがある」
「そうだな。後は着替えくらいだ。作業服とシャツ」
「ゆきさん。かばんはこれでいいっすか」
引越し準備を始める三人の背後から、惣治の声が掛かる。津行は驚いて、振り返ったまま固まった。だが惣治は、普段仕事をしているときと変わらぬ態度で、以前、遠方の現場に共に入ったときに津行が使っていた大きなかばんを示している。
「あ、ああ。それに突っ込んでくれればいい」
一瞬、呆然となった津行だが、すぐに気を取り直した。ドアが乱暴に閉じられる音が響き渡る。
「おめぇ、いいのか」
「う~ん。不味いとは思うんすよ。でも、沼さんの固い頭をどうにかしねぇと、俺たちも可笑しくなっちまう気がして」
惣治の率直過ぎる意見に、基子が飽きれた溜息を漏らす。それに、惣治が慌てて言い沿えた。
「でも、ゆきさんに幸せになってほしいのは、ちゃんとあるっすよ!」
「おめぇ」
感激してがばりと抱きついてくる津行に、惣治は照れ笑いを浮かべる。
「痛いっすよー。ゆきさん」
へらへらと笑っていた、惣治の顔がおどろおどろしい気配に、ぴたりと止まった。
「ゆきさん、あの、そろそろ離れてくれねぇと、旦那、凄い顔してるっすけどー」
「え?」
言われて、がばりと津行が惣治から離れる。勢いあまって、惣治は突き飛ばされてしまった。

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