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酒と煙草と英国紳士<12> 

「創玄さん?」
津行が振り向くと、早川は置いてけ堀を食らった子供のような表情でこちらを見つめている。津行は、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「馬鹿、野郎。俺には創玄さんだけだ」
伸ばされた津行の腕を取り、早川は津行を引き寄せる。ガタイの大きな筈の津行ですら、早川の大きな胸はすっぽりと包み込むことが出来た。
「早くあんたの家に行きたい」
「ああ。そうしよう」
すっかりと二人の世界に浸っていると、横合いから基子の声が掛かる。
「旦那様。津行さま」
はっとして振り返る二人に、古い旅行かばんと小さ目の段ボール箱が押し付けられた。
「浸るのは帰宅してからになさってくださいまし」
「すまない。基子」
口先だけの謝罪を述べる早川は、まったく悪びれない態度で津行を抱きしめたままである。恥ずかしさから腕から抜け出そうとする津行だが、先ほどの寂しげな風情を知るだけに強引に押し退けることが出来ない。食器や鍋の入ったダンボール箱を抱えたまま、もぞもぞと身動きするのが精々だ。
「ゆきさんって、意外と可愛かったんすね」
そんな津行を見た惣治が、ぽつりと正直な感想を漏らすが、それすら早川には癇に障ったらしい。
「お、おめぇ」
「行くぞ、津行」
うろたえて言葉を捜す津行を、早川は強引に部屋から連れ出した。外へ停めていた車に津行と荷物を放り込み、乱暴に発信させる。
「あのな、創玄さん。俺なんか、若い男が相手にする訳ねぇだろう」
「相手にされたら、若い男に乗り換える気か」
本気で拗ねている早川に、津行は半ば呆れたが、それでも早川が自分を求めてくれることは嬉しかったし、拗ねる早川を可愛らしいと思ってしまった。
「創玄さん。俺が好きなのは、あんただよ」
運転席の早川を真っ直ぐに見て、津行が言う。高級車のステアリングを切る姿もひどく様になる伊達男。津行より背も高く、がっしりとした肩幅はスーツが最高に似合う。
その癖、ちょっと寂しがり屋で人が良くて、いつも無理をしているような損な男。だけれど。
「何よりも誰よりも、俺には男前に見える」
「津行! 黙っててくれ!」
うっとりと見とれる津行の言葉を、早川の怒鳴り声が遮った。びっくりして津行が目を見開く。
交差点で車が停まった。固まった津行の唇が早川に塞がれる。
「困る。抱きたくてたまらない」
「創玄、さん」
背後の車からクラクションが鳴らされた。早く行けか、それともいい加減にしろか。二人で顔を見合わせ、クスリと笑う。早川は今度は滑るように車を走らせはじめた。

二人で部屋に荷物を運び込む。繁華街が混みあうには、未だ早い時刻とあって人はまばらだ。
「そういえば、ここってワンダーランドの隣なのか? 繋がってるんだよな」
「ああ。隣のビルは普通の賃貸マンションだよ。四階だけはワンダーランドからしか出入り出来なくなっているんだ。住人はここのオーナーとうちの執事だ」
心の中で普通じゃねぇだろう。と突っ込みをいれた津行だが、賢明にもそれを口には出さなかった。
「あれ、アリスちゃんは?」
「ああ。将と有須は店のオーナールームに住んでいるよ」
確か、アリスの住居は店だった筈だと思い出し、疑問を口に上らせた津行に、早川はあっさりと種明かしをしてみせる。
「ある程度の親の資産を持っていた訳じゃない。伯父さんから譲られた店舗を一人で切り回して稼いできたんだ。ワンダーランドのオーナーの中では一番の苦労人だよ。まぁ、それに比べれば、基子のいう通り、僕はお坊ちゃんなままなんだな」
それはそれで、コンプレックスらしい。不思議なものだと津行は思った。
学も無く金もない。ゲイであることを隠して生きていくには不自由で、田舎から出てきた子供に出来る仕事は、日雇いくらいしかない。ファミレスもコンビニも身元のはっきりしない男を雇ってはくれない。
一方で、いい服を着てきちんと教育も受けて、男前で体格も良くて。そんな人間たちにも妙なコンプレックスがある。
「あんたはあんたなりに悩みがあるんだな」
「そんな僕は嫌いかい」
「いや」
拗ねたような態度になった早川に、津行は笑って耳元へ囁いた。
「そんなあんただから、好きだぜ」
自分はこんな男に似合わない。容姿も育ちも職業も違いすぎる。そう思い込んでいた昨日までの自分自身を、津行は殴り倒したいくらいだ。
「津行」
「乾杯しようぜ。あんたに買ってもらった酒、持ってきたんだ」
「乾杯。何に?」
目を丸くする早川に、津行がゲラゲラと笑う。
「何でもいいんだよ。とりあえず、本日はご苦労さんでも」
仕事の後に呑む酒席では、男たちは皆『乾杯』と叫ぶのだ。『将』で褌仲間と酒を呑むときも。
居間の木製の磨き上げられたテーブルの上に、安っぽい百円均一のグラスが二つ。テーブル前に置かれたソファには座らずに、一升瓶を持ち込んでラグマットの上に直接座り込む。
「かんぱーい。お疲れ様っした!」
「乾杯。津行との新しい生活に」
嬉しくて仕方が無いといった満面の笑みで発された言葉に、津行は思わず含んだ酒を吹き出すところだった。
「創玄さん、あんた」
早川が掲げると、百円ショップのグラスですら、何処かの高級品のようだ。それを手にした優雅な仕草も非常に絵になる風情である。だが、大真面目な顔を見るまでも無く、口にした台詞は本気だ。
「乾杯。あんたと俺の新居に」
消え入りそうになりながら、津行はグラスを掲げる。正直、こんな台詞は似つかわしくないと思っているが、早川の本気に少しは応えたい。
恥ずかしくて、煽るように酒を呑む。
「津行」
いつの間にか隣へと移ってきた男が、津行の肩を引きよせた。唇が重なり、互いの舌が絡み合う。舌先はどちらも同じ酒の匂いがする。
津行の身体を抱えあげるように、早川がソファへと腰掛けた。そのまま大きなソファへと、津行の身体が押し倒される。
「津行は僕をそんなに煽ってどうするつもりなんだ? 平日だし、僕だって我慢しているんだ」
「煽ってなんか」
どうやら、褒めたり見とれたり、早川に応えたりという要素が、全て早川の欲望を煽っているように変換されるらしい。
極普通の男の普通の反応。ただ、こんな腹の出たオヤジ相手とは、マニアックな趣味だと考えて、津行は太い腕を早川の首に回した。
「お手柔らかにしてくれ。腰が立たないと仕事に差し支える」
「なるべく努力する」
以前の早川ならば、一日くらいなら仕事を休んでもいいだろうと考えていた。だが、津行は日雇いなのだ。日数はそのまま見入りに跳ね返る。
津行と暮らすということは、津行の仕事も理解すること。
早川は、津行を大事な宝物を抱くように、優しく柔らかに抱きしめた。

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