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酒と煙草と英国紳士<13> 

「やぁ。有須。ちょっといいかな?」
「早川さん。いらっしゃいませ。今日は何を?」
蔵斗の顔が喜色に輝く。蔵斗の勤める家電量販店は、基本家で使用するものは食品以外は何でも揃うのが売りである。駅前の所為もあり、忙しいのはサラリーマンの帰宅時間である夕刻からだ。身体が大きく、力自慢の蔵斗は各部署で品出しに引っ張りだこだ。
「ああ。パイルのシーツが欲しいんだが」
「パイルですね。夏はいいですよ」
顔を上げるようになり、口数も多くなった蔵斗は、楽しそうによく働く。にっこりと笑顔を浮かべるだけで、厳つい顔が優しい印象になっていた。
「ところで、有須はひとりで褌付けられるかい?」
「ふ、褌って、な、何で」
早川の口から出た単語に、蔵斗は目を白黒させている。恋人である将棋は褌好きで褌パブをやっている男だ。時折、褌を締めてのプレイなども楽しみたがる。つまり、蔵斗にとっては褌は下着というよりは、性的な匂いのするものなのだ。
「いや、僕にも付けられるかなと思ってね。恋人が好きなんだよ」
「あ、ああ。そういうことなら、俺よりは将棋か雅さんの方がいいと思いますけれど」
早川の真面目な答えに、蔵斗はほっと胸を撫で下ろした。
「いや、雅も美作も面白がるだけな気がしてね。僕は至極真面目なんだ」
それは蔵斗にも簡単に想像がつく。早川が好きな人のために褌を締めたいなんて言い出したら、人の悪い将棋はきっと大笑いするに決まっている。だが。
「雅さんはそんなに面白がらないと思います。口では何だの言いながら、きっと締めてくれるんじゃないかな。告白するときの褌、実は雅さんに締めてもらったんですよ」
「そうか」
部屋で津行と鉢合わせしたときも、『一緒に住むんでしょ』と背中を押してくれたことを思い出し、早川は納得した。
「ありがとう。有須」
パイルのシーツを手渡した蔵斗に、早川が頭を下げる。慌てて蔵斗がぶんぶんと頭を振った。
「早川さんにはいろいろ助けてもらってるし、俺が役に立てたんなら嬉しいです!」
にっこりと笑う蔵斗の笑顔に、早川は本心で笑い返す。これまでは、蔵斗が笑っていることを嬉しく思いつつも、苦い思いを噛み締めていた。だが、今は本当に良かったと思える。
「僕も現金だな」
「え? 何か言いました?」
蔵斗が首を傾げたが、それに早川は柔らかな笑いを浮かべた。
「いや。僕の褌姿、笑わないでくれよ」
「笑いませんよ。きっと男らしくて素敵だと思います」
本心でそう思っているらしい蔵斗に、早川は手を上げてレジへと向う。夏用に買ったシーツは二人の生活に必要なアイテムの一つだった。

浮かれている自覚はある。自然とニヤつく自分の顔を、津行は意識して何度か引きしめた。仕事の手元も何度も確認する。現場仕事には危険は付き物だ。怪我をすれば何日も休む羽目になる。浮かれてそんなことになったなら、早川のことも後悔することになってしまうだろう。
仕事を終え、身体を簡単に拭きランニングだけ着替えて、デイバッグを肩に背負ったとき、惣治が声を掛けてきた。
「ゆきさん、いいすか」
「何だ? 沼さんとはどうした?」
周囲に人がいないことを確認してから、小声で応じる。
「俺の電話にも出てくれないっす。すっかり拗ねてるみたいで」
「だから、不味いんじゃないかって言っただろうが」
沈んだ様子の惣治に、津行は浮かれていた気分も吹き飛んでしまった。惣治には悪いが、沼田のことはすっかり忘れていたのだ。
「まぁ。覚悟はしてたっすけどね。沼さん、男同士なんてそんときだけだって考え方なんで」
「ああ」
若い惣治には判らないだろうが、幾度も裏切られると人は臆病になる。何の約束がある訳でもない男同士。快楽さえ追えればいいという奴も多いのだ。
「俺も、そうだったからな。どうせ、ひと時だけ」
それが何の縛りも拘りも無い本気の早川を傷付けた。きっと、沼田も本気の惣治に戸惑い、信じられずにいる。
こんな若い男が、自分のようなおっさんを本気で相手にするわけが無い。今は本気でも、もっと自分が年を重ねれば、気は移ると。
「それでも本気ならぶつかってみろ。褌野郎の本気、見せてみろ」
「そうっすね。それしかないっすね」
自分を納得させるようにうなずく惣治の頭を、津行は励ますように何度か軽く叩いた。

「基子は会ったね。こっちが和田。うちの執事だ」
「津行さまにはお初にお目にかかります。和田とお呼びください」
深々と頭を下げる老人を見た津行の心情は、やっぱり世界が違うと裸足で逃げ出したくなった。
早川の店は、通いなれた褌パブの下にあった。重厚な鉄製の扉を開くと、中世の城の通路のような廊下があり、ずらりと扉が並んでいる。個室は様々な大きさがあり、それぞれの人数に合わせて予約することが出来るらしい。
一番奥にあるのがオーナールーム。机と大きなソファがあるだけの小さな個室だ。ソファに座ったままの早川と津行の前に、テレビでしか見たことの無いメイド服姿の基子と、和田と呼ばれた三つ揃いの老人が並んで頭を下げたまま控えている。
「この店と僕を支えてくれる大事なスタッフだ」
「ありがたいお言葉、いたみ入ります」
老人がようやく頭を上げた。津行をまっすぐに見る視線に、値踏みの色を感じて、ひたすら恐縮してしまう。
そんな津行の恐れを感じ取ったのか、和田の瞳が和らいだ。
「津行さま。僭越ではございますが、何とぞ旦那様をお見捨てになることだけは」
再び頭を下げる和田の言葉を、津行は最後まで聞くことなく立ち上がる。
「見捨てたりなんかしねぇ。俺は……、俺こそあんたらの旦那様には似合わない人間だが、創玄さんの傍にずっといさせてくれ」
頭を下げる津行の手を和田が掴むと、いつの間にか立ち上がっていた早川にその手が渡された。
「旦那様。良い方をお見付けになられましたな」
「和田もそう思うか」
しっかりと抱き込まれ、恥ずかしさに津行が顔を伏せる。人前で抱き込んだりするのは、どうにかして欲しい。だが、チラリと顔を上げると、満足そうな早川はともかく、和田も基子も平然としている。
この常識の違いはどうしようもないらしいと、男の腕の中で津行は秘かに溜息を吐いた。
和田や基子にとって、常識よりも大事なのは『旦那様の幸せ』。男同士?だから何?程度の問題なのだ。
「そのうち、ワンダーランドの他のオーナーにも紹介させてくれるかい?」
「俺を、か」
女装クラブのオーナーは、今更だ。褌パブのマスターもアリスのパートナーだが、同じ褌パブの客ならば、いくらでも格好のいい男も若い男もいる。
「嫌かい」
「嫌じゃねぇよ」
本当に早川は普通だ。パートナーが出来たら、親しい人間たちに紹介したい。そこには男同士だからとか、津行が日雇いだからとかは一切関係ない。好きになった相手というだけだ。
卑屈になるのは、止めよう。少なくとも早川は有りのままの津行をみてくれるのだから。

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