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酒と煙草と英国紳士<14>完 

「あれ、ゆきさん」
褌パブの前で津行とばったり出会ったのは、惣治だ。
「惣治、沼さんは?」
「相変わらずっす。少なくともここに来れば、二日に一回くらいは逢えるんで」
津行のメールにも返信は無いが、元々、オヤジ連中にはメールに返事をする習慣は無い。一方的に自分の主張を送りつけ、明解な断り以外は返信をしないのだ。
今日も津行は沼田に『将』で待っていると送りつけただけだ。
「最後かもしれねぇが、話だけはしねぇとな」
理解をしてくれるという期待を持っている訳ではないが、あんな状況で別れたままというのは、どうにもすっきりしない。
扉を開けて、ロッカールームへと直行するのが、常連の褌野郎の行動だ。だが、いつも通りにロッカーへと向う津行の後ろに惣治はついて来なかった。
服を全て脱ぎ捨てて、真っ白な六尺褌を締める。姿見に映った津行は、何処から見ても腹の出掛かった中年男だ。格好良くも若くも無い。
だが、それでも。津行は息を吸い背筋を伸ばした。堂々と男らしく。でなければ褌に負けてしまう。
「早川創玄の惚れた瀬川津行は、しゃきっとした褌野郎だろう」
姿見の中の自分へ語りかけ、津行はロッカールームを後にした。

「ゆきさん」
テーブル席から声を掛けた惣治の横には、生成りの越中を締めた男が、不貞腐れた態度で生ビールを煽っている。
「ゆき。一体、何の用だ」
「とりあえず、報告しとく。一緒に暮らしはじめた」
「ふん、騙されやがって。あんな上等な男が俺たちなんか相手にするかよ。所詮、お前も金に目のくらんだ馬鹿な野郎だ。付き合いもこれきりにしてくれ」
吐き捨てるような沼田の言葉が痛い。褌仲間の中でも一番付き合いの長い相手だ。お互いに恋愛感情は無かったが、同志のような気分でいた。同じように学の無い肉体労働者で、仕事の愚痴も零しあった。落ち着く店だと、ここを紹介してくれたのも沼田だ。
さすがに盛るしかないハッテン場のような店は、年を食うごとに落ち着かなくなって来る。酒と煙草と褌を楽しむ男たちの交友の場は有難かった。
だが、沼田と顔を合わせれば気まずいだろう。惣治にも気を使わせるだけだ。
最後に顔を上げて、堂々とした褌野郎としてここを去りたい。それは、津行の中のけじめだ。
「あれ、アリスちゃんの褌、久しぶりっすね」
暗い場の空気に耐えかねたのか、惣治が声を上げる。カウンターには珍しく六尺褌を締めた蔵斗の姿があった。元々ガタイもよく厳つい顔つきの蔵斗だ。堂々としていれば、真っ白な六尺褌は蔵斗によく似合っている。
だが、津行の目を奪ったのは、隣にいる真っ白な六尺褌を締めた長身の男だ。肉体労働をしている津行たちには及ばないが、立派なガタイと厳つい顔つきの癖に優しい瞳の。
「中々、慣れないと恥ずかしいものだね。コートを羽織る訳には」
「いや、早川さん。それはちょっと」
何処かの変態のようだと続けようとした蔵斗が、さすがにどうかと口篭る。
「何処の変態だ。うちの店でそんな真似しやがったら、叩き出すからな」
連想は同じであったらしい美作は、きっぱりと言い切った。
「でも早川さん、どういう風の吹き回しっすか」
カウンターの倉田も興味津々である。長いこと、褌パブ『将』の常連ではあるが、早川自身は褌よりも倉田の料理が目当てだと言い切ってはばからなかったのだ。
「いやぁ、僕のパートナーが褌が好きなんだ。着けたら惚れ直してくれるかと」
「ぱーとなぁ??」
唯でさえ早川の褌にざわついていた店内が、素っ頓狂な倉田と美作の声に蜂をつついたような騒ぎになる。あちこちから悲鳴まで上がる始末だ。
「パートナーってことは相手は男か」
「早川さん、初褌はそいつの為っすか。そりゃめでたい。俺からの祝い酒っす」
美作はこれで蔵斗を奪われることはないと安堵の笑みを浮かべ、倉田はさっと日本酒を差し出す。横でニコニコと落ち着いて笑っているのは、事前に相談を受けた蔵斗だ。
一人では心許ないと、二人で雅に褌を締めてもらったのである。もちろん、女装を掻き口説く雅は、早川が退けてくれた。
『何なら、僕が女装しよう』とまで言う早川に、雅の負けが決まる。
「どうかな。惚れ直してくれると思うかい?」
早川は何かを思い立ったように、立ち上がってぐるりと店中を見渡した。それだけで敏い美作は成程と納得する。この店の中にいるのだ。惚れた相手が。
「悔しいけど、男前よッ!」
「気取ってばかりのいけすかない奴だと思ってたが、やるじゃないか」
「惚れ直すぜっ」
常連たちが喝采を送る中、片隅のボックス席で、ふらりと津行が立ち上がった。店の中を見回す早川と視線が絡む。酒を楽しむ店の常で薄暗い店内ではあったが、早川の瞳が津行を認め、ゆっくりと満足げに獲物を捕らえた獣の笑みを形作る。
優しいだけではない。少し意地の悪い、ベッドの中で見せる貌。
「創玄さん、あんたって奴は」
呆然と呟く津行を、背後から沼田が蹴飛ばした。のめるように津行が前に踏み出す。
「津行」
差し伸ばされる大きな手は、真っ直ぐに津行に向っていた。店の中が再びざわめき始める。
「あんたはどれだけ俺を惚れさせれば気が済むんだ」
津行の疑問に、ニヤリと早川が笑った。
「惚れ直してくれたかい」
「ちくしょう! あったりまえじゃねぇか! 最高に男前だぜ!」
津行の大きなガタイが飛び込んでくるのを、早川は余裕で受け止める。
あれほど気になっていた、他人の目から自分たちがどう見えるかなど、津行の頭からはすっかり吹き飛んでいた。
これほど堂々と示される行動に応えなければ、男では無い。
早川には完敗だ。だが、それは気持ちのいい負けだった。
「僕のパートナーだ。津行、これがオーナーの美作」
「今更紹介されなくても、うちの常連客じゃないか。何時の間に食ってたんだよ。まったく油断も隙も無い」
ムッとした顔の美作が津行に向き直る。
「こんな男で悪いけど、よろしく頼むわ」
「おめでとうございます。早川さん」
一転して真面目な顔になった美作と邪気の無い蔵斗に祝福されて、津行は嬉しいやら恥ずかしいやらでどんな表情をしていいのかさえ判らない。
しっかりと津行の肩を抱いたままの早川は、鷹揚に祝福を受けるだけだ。
「幸せそうなのは結構っすけど、うちに来なくなるのは無しにしてください。俺の料理を楽しんでくれる人がいなくなるのはキツイっすよ」
「悪いな、倉田くん。津行の手料理が旨くてね」
愚痴を零す倉田にまで、そんな惚気を披露するものだから、いよいよもって、津行は身の置き場が無い。
「単なる男の料理じゃねぇか。嘘くせぇ。倉田の料理より旨い訳ねぇだろ」
憎まれ口を叩いてはみたものの、顔を赤らめながらでは丸きりの惚気にしか聞こえないだろう。
「幸せそうで結構なこと。倉田、自棄酒よ。どんどん持って来て! つまみも適当に作って頂戴!」
「何だ、宮ちゃん。本気で狙ってたのか」
常連のオネェが声を張り上げ、それを揶揄する声が沸いた。
「なによう、可笑しい? おっさんでも恋はするのよ! 今日はアタシの失恋記念日よ! どんどんやって、支払いはアタシでいいわ」
気炎を上げるオネェに、周囲の客が拳を振り上げる。劣勢な場の空気に、早川が苦笑いを漏らした。
「美作。支払い、僕に回してくれ」
「当たり前だ」
そっと囁いて、早川が津行を伴ってロッカールームへと向う。背後からは下品な野次があちこちから降ってきたが、津行も苦笑を受かべるだけだ。
ロッカールームで、沼田とすれ違う。憮然としたままの沼田に、津行は身を固くしたが、早川が紳士っぽく会釈を返し、津行を促した。
「俺をあんたの前に蹴飛ばしたんだ」
出て行く沼田を見送った津行がぽつりと漏らす。
「ああ、見ていたよ。乱暴な祝福だな」
納得は出来ないだろうに、前に行けと津行を押し出してくれる。そういう関係もあるのだ。
目の前の男に視線を戻す。褌一丁の姿だが、それでも格好いいと思った。
「創玄さん。褌、似合うぜ」
まだ言っていなかったと思い出して、口に出すと早川が笑う。津行が一番好きな男が。

<おわり>

これにて完結です。お付き合いありがとうございました!
感想などいただけると嬉しいです。コメントの返信はBBSにて行います。

<番外>

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