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キャッチ<西銀座一丁目テーラー角田>番外SS 

「西銀座一丁目テーラー角田」の番外です。シゲと客引きの男の子の話。


「おじさん、いい子いるよ」
肩を叩かれて滋が振り返る。繁華街での客引きは原則禁止ではあるが、それでもやる店はあるし、看板を見せて歩くくらいはお目こぼしだ。
見るといかにも物慣れない風の若い男だ。下手をすると十代かもしれない。無視して歩きだそうかとも思ったが、いい返事を待って丸い瞳がくるくると動いているのが主人の命令を待つ柴犬のようで、滋はつい声を掛けてしまった。
「ふむ。いい子なぁ。どんな子がいる?」
「お好み次第です。どんなのがいいですか? 若くて可愛い子ばっかりですよ」
満面の笑みで応じる男は、背が高くガタイもいい。時計に目を走らせると、時間にはまだ余裕がある。少しくらいならば他の店もいいかと考えはじめたとき、男の背後から引きとめる奴が現われた。
「すみません! こいつ、何も知らない新人なんです!」
どうやら、滋の素性を知っているらしい。いきなり深く頭を下げられ、隣でぽかんとしていた若い男の頭を抑えつけて下げさせる。
ちょっとした寄り道をする暇はどうやら与えてはもらえないらしい。残念に思いながらも、気にしなくてもいいと手を振って歩きだした。

「スミ、珈琲くれ」
西銀座の古いテーラーの扉を潜ると、滋は遠慮無く言い放つ。
「いい加減にしろよ、シゲ。ここは喫茶店じゃねぇ」
ジロリと滋を睨みつけたのは、既に三十年以上の付き合いの強面の店主だ。滋にもっとも似合うスーツを作ってくれる店主は、古くからの友人である。借金を残して両親が亡くなった後は、嫁も迎えず一人で店を切り回している友人が心配で、数日に一度は朝に帰宅するついでに訪れていたのだが。
「そこらの喫茶店より旨いからな。ついでにサンドイッチでも出てきてくれれば言うこと無いんだが」
「お前相手に何でそんなサービスがいる?」
口では文句は言いながら、スミはそこらの珈琲店並みに香り高い珈琲を入れて来て、滋の前へと置いた。
一口含むと珈琲の放香が口中へと広がる。それを味わっていると、強い視線を感じたが、そ知らぬふりを通した。
視線の主は解っている。店を見下ろせる位置に付けられた明かり取りの窓の向こうは、スミの自宅なのだ。週末であることを考えると、そこにいるのは数年前から付き合いはじめたスミの若い恋人だろう。
「スミ」
ふと悪戯を思いついて、店の準備に余念の無いスミを呼んだ。不機嫌そうな顔が振り返る。
「何だ?」
「旨かったぜ」
態と片腕を肩に回して囁いた。
「何だ、気持ち悪ぃな」
まったく気付いていないらしいスミに、滋は笑い出しそうになるのを堪えるのも限界に近い。
「じゃな」
「ああ」
妙な滋の行動に合点のいかないらしいスミを置いて店を出た。よく男同士でやる仕草ではあるが、口を耳元に寄せたために、上からは口付けているように見えたに違いない。この後の騒動を思って、ちょっとだけ心が晴れた。
友人の幸せは確かに嬉しくはあるが、それと同時に置いていかれたような寂しさもある。しかも、お互いもう五十路で恋になど縁が無いと決め付けていたのに、寄りによって、息子のような若い男を誑かすような魅力とバイタリティが、無骨な男にあったとは驚きだ。
ささやかな意趣返しをしてしまうのは、そんな男に対する当てつけである。
「俺にも、恋とやらは振ってくるもんかな」
埒も無い呟きは、そろそろ店を開く商店街の朝の喧騒に溶けた。

「あの、すみませんでした!」
ジーンズとシャツの若い男に勢いよく頭を下げられて、滋は目を見開く。店が終わり、銀行の夜間金庫へ売り上げを預けた滋の前に、いきなり若い男が立ちふさがった。まだ夜も明けきっていない繁華街の外れだ。滋が身構えたのも無理は無い。
もう少したてば早朝出勤のサラリーマンの溢れ出す通りも、夜の喧騒も引いたこの時間は、仕事が終わって疲れた顔の風俗嬢やホストたちが、ふらふらと幽鬼のように始発の出る駅を目指して歩いているだけの閑散とした場所だ。
そこで体格のいい男が立ちふさがれば、すわ強盗かと考えても不思議ではない。
だが、頭を下げてきたのは極普通の大学生か何かに見えた。
「何を謝っているんだ?」
「あの、この前。俺、貴方のこと知らなくて大変失礼なことを」
うろたえて謝る言葉も要領を得ない男が顔を上げ、やっと滋は思いだした。この間、夜の街で滋に声を掛けたピンサロの客引きだ。
「何が失礼だと思っているのか、聞かせてもらってもいいか」
「風俗のお店を何点も経営なさっているオーナーさんに、三流ピンサロが声を掛けるなんて。あの、客引きをしていたことはどうか」
どうやら、同僚か何かに滋の素性を聞いたのだろう。だからといって、店の帰りに謝罪に訪れるとは、どこまで素直なのか。余程、周囲に脅されたらしい。あの店は客引きを堂々とやっていたなどと、警察に匿名電話でも掛けるとでも思われているのだろうか。
「うちも五十歩百歩だし、気にしないでくれ」
「そうですか、ありがとうございます!」
晴れやかに笑顔で『ほっとした』と告げられて、どんな噂が広まっているんだと滋は確認せずにはいられなかった。立ち去ろうとする男を捕まえ、滋は人の悪い笑顔でニタリと笑う。
「お前、ちょっと付き合え」
振り向いた男の表情は固まっていたが、首を横に振ることは無かった。
洒落たカフェで奥のテラス席に着くと、若い男の表情がやっと動き出す。
「お前、一体何処に連れ込まれると思っていたんだ」
「え、え~と、事務所、いえ、何でもありません」
どうやら完璧にスジモノだと思われていたらしい。スミは滋に似合う完璧なスーツを作ってはくれるが、ダークカラーのものが多い。その色見も非常に滋に似合うが、目つきの所為か雰囲気の所為か、周囲にはヤクザだと誤解されていた。風俗店の経営者であるというのも、それを助長していたのかもしれないが。
「あの、ここでいつも食事を?」
「何だ、不思議か。奢ってやるから何でも頼め」
「はい。ありがとうございます」
どうやら上には逆らわない癖がついているらしいところを見ると、何処かの体育会の学生だろう。最初に声を掛けてきたときも、デカイ図体の癖に、目をくりくりさせて夜の街には似合わないと考えたことを思い出す。
「男でも可愛いってのはあるもんだな」
若い男にスミが落ちたときには、あんなデカイ男の何処が可愛いんだと首を捻ったものだが、メニューを前に一生懸命に考え込んでいるさまは、何処か柴犬を思わせた。

「すみません、迷惑をお掛けして」
「まったくだ。呑みすぎだと言っただろう」
夜の仕事であるものの常として、朝食に酒を嗜むことは多い。今から休むことを想定しているため、深く考えもせずに、向かいに座っていた青年に酒を勧めた。あまり呑んだことがないというので、口当たりの良い果実酒を頼んだのだが、これが不味かったらしい。口当たりの良さに誤魔化され、かなりの量を呑んだ青年はカフェを出るときには、見事な酔っ払いだった。
「とりあえず、夜まで休むといい」
そういいながら、青年をソファへと寝かせると、毛布を掛ける。正直、いくら鍛えているといっても、若い男に肩を貸すのは五十路の年寄りにはかなり腰に来た。
シャワーを浴びてこようと、その場でスーツとシャツを脱ぎ捨てる。常ならば背もたれへ放る筈のソファには青年が寝ているので、仕方なくテーブルへと放り投げた。
「女でも連れ込んでる気分だな」
態とではないが、口当たりのいい酒を呑ませて、自宅へと連れ込むというのは、典型的な手口だ。若い頃には滋自身も良く使ったが、年を食ってくれば行きずりの熱よりは、年増や商売女の割り切りの方がありがたくなってくる。
烏の行水状態の滋が風呂場の扉を開くと、青年がぎくりと固まった。まさか、こんなに早いとは思わなかったのだろう。
青年が胸に引き寄せているのは、先ほど滋が脱ぎ捨てたシャツだ。
一歩、滋が青年に近付くと、青年はばねが弾かれたように飛び起きて、そのままの勢いで土下座をする。
「お願いします! 抱いてください!」
青年のお願いに、今度は滋が固まった。
「本当は前から知ってました。あの日は近付きたくて態と声掛けたんです」
「それは俺の素性もってことか?」
自然とドスの効いた声が出る。自然体で可愛いと思っていたのが、欲得ずくとは。自分もヤキが回ったものだと滋の口元に苦い笑みが浮かんだ。
「いえ、毎日あそこを通って行かれるので、何処かの店にお勤めの方だと思い込んでいました。西銀座のテーラーの方とお付き合いされているのも知ってます。一度でいいです。お願いします!」
「あん?」
思わず、滋の眉が上がる。寄りによってスミと出来ていると思われていたなんてことは聞きたくなかった。
「それは何処かで噂にでもなってるのか」
「いえ、俺あの近くに住んでて、一度見掛けてからは注意して見ていたんです。そしたら、昨日」
青年の瞳が潤む。どうやら、キスに見えるように顔を寄せたのも見られていたらしい。滋は不用意なことはするもんじゃないと己を戒めた。
「お願いします!」
三度頭を下げた青年の声は、すっかり涙声で、滋は可哀そうになって来て思わず抱き寄せてしまった。
「ありがとうございます」
青年の礼に、しまったと思いはしたものの、きっぱりと断れるほど鬼にもなれない。しかも、久しぶりの情交の予感に、正直な下半身が熱を持ってきていた。
「悪いが、男は初めてだ。抱いてやってもいいが、肝心なところで役に立たないかもしれない。それは勘弁してくれ」
「はい。俺にその気になってくれただけでも嬉しいです」
涙声をそれ以上聞きたくなくて、口付けて言葉をふさぐ。切なげな吐息はカーテンを引いていても明るい室内の中に響いた。

<おわり>

ムーンライトノベルズ「BLおっさん祭り」参加作品。あまりおっさん臭くならなかった。

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