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アクシデント<4> 

「大丈夫か?」
この間も、終わった後に、こう云ってたな。この人は。
「はい」
俺はこくりとうなずいた。痛みは確かにあるが、それも耐えられない程じゃ無い。むしろ、最中のそのまま寝てしまいそうなふわふわ、ゆらゆらした気持ちよさの方が勝っていて、俺は、幸せな温もりを感じていた。
カーテン越しの日差しが、まだ肌寒い筈の部屋を暖めてくれている。先輩の腕の中も暖かくて、また眠ってしまいそうだ。
「すまんが、起きてくれ。今から友達が来るんだ」
「え?」
ふわふわした気持ちいい気分が、一瞬で弾けた。
この間は、俺がこの部屋に来たのはあくまでアクシデントだった。でも、昨日は先輩が誘ってくれた筈だ。
「前から、釣りに行く約束だったんだ。鹿山も来るか?」
「いえ――――」
俺は何だかだまし討ちを食らった気分だった。人見知りの激しいというより、はっきり言って人付き合いが苦手な俺は、休みの日まで知らない人と過ごしたくなんか無い。
「そうか」
先輩はあっさりと俺を抱き寄せていた腕を外して、ベッドを出ていく。
着替えをしている背中を見ながら、俺は自分が置いてきぼりを食った気分になって、滲んだ涙を隠すように、シャワールームへ向かった。

シャワールームで、先輩の痕跡を洗い流す。
正直、この瞬間が一番惨めだ。俺は何度も何度も顔を洗った。
「ほら、鹿山」
先輩がハンガーに掛けた着替えを差し出すのも、二週前は優しさだと思えた。でも、今日はまるでさっさと帰れと云われている様で、俺は思わずひったくる様にスーツを取って身に着けた。
先輩があっけにとられた顔をしていたが、俺にはそれさえ腹立たしい。

「すみません。お邪魔しました」
多分、いつもの朝より早いくらいの速度でスーツを着て、そのまま頭を下げた。
朝までの柔らかな時間の痕跡は、この部屋の何処にも無い。

階段を踏み鳴らすようにして、駆け下りた。
下まで降りると、数人のグループが車を降りるところだった。
車の上部に釣り道具らしいものが乗せてあるところを見ると、この人たちが先輩の友達かもしれない。
俺は横目でその人たちをちらりと見ただけで通り過ぎた。
でも、それだけでもその人たちが俺と違うのが解った。遊びに行くのに上等な服を着て、車だってすごく大きい。そういえば、このマンションだって、こじんまりとはしているけど、新しいものだ。
多分、俺の住んでる安アパートとは比べ物にならない。
俺は改めて先輩と俺とは育ちが違うんだと、噛み締めていた。



『今夜、また。 賢司』
毎週のように、週末にメールが入る。
俺は凝りもせずに出掛けていっては、毎度、惨めな気分で帰途に着いた。
呼び出されて迎えてくれる、先輩の満面の笑みは、俺を幸せな気分にしてくれたし、抱き締められて求められることも、眠りに着くその瞬間までのふわふわした気分も、柔らかい真綿でくるまれているような優しさを俺にくれた。
だけど、先輩は決して週末の予定を俺に空けてくれることは無かったし、最初の告白からこっち、俺に好きだと云ってくれることも無かった。
毎週、呼び出されて抱かれるだけ。
抱かれている間が優しければ優しい程、朝から放り出された気分が消せない。


出掛けるメンバーは多少の入れ替わりはあるようだけど、大抵は同じ。六人のグループで、男四人と女が二人。
いずれも、先輩に負けず劣らずのイケメンと美女ぞろいで、俺はますます、先輩が判らなくなっていった。
何故、俺なのか。好きならば、何故週末に必ず、約束を入れているのか。



「鹿山」
とぼとぼと帰る俺の背中を、聞き覚えのある声が追って来た。
振り向いた先には、縁無しのメガネを掛けたいかにもインテリそうな顔がある。
「江川さん」
「鹿山はこの辺りに住んでるのかい?」
「あ、ええ。この先のアパートです。江川さんはレンタルビデオですか?」
江川さんは手に俺も会員になっているレンタルショップの袋を抱えていた。
「この辺りじゃ、ここが一番古い洋画が多いからね」
「ああ、品揃えいいですよね」
「やっぱり、鹿山も会員なんだ。前に店で、らしい人見掛けたんだけど、まさかと思って声掛けなかったんだよ」
江川さんは控えめな柔らかい感じの笑顔を向けて、微笑んだ。
「江川さん、今日は何を借りたんですか」
「今日は邦画。古いんだけどね。『世界大戦争』って奴」
「あ、俺、それ見ました」
「うっそ。これ俺も生まれる前だよ」
「学生の時に、円谷の記念映画祭やってて」
「銀座の?」
「それ!」
すごい偶然だ。マニアック過ぎて、話が合う人なんて滅多にいないのに。
「なぁ、鹿山。お前、今日用事ある? うち来ないか?」
江川さんも同じだったらしい。すごく嬉しそうだ。
俺はすぐにうなづいた。こんな気分で家に帰りたくなんか無かったから。


「あ、すご~い。『復習の谷』と『インディアン狩り』がある」
江川さんの部屋は、なんと雑居ビルの一室だった。江川さん曰く、入っているのは金融会社と居酒屋なので、多少音が響いたところで何も云われないとか。
「バートランカスターは好きだよ。鹿山は?」
「西部劇は、スタンダードにイーストウッドです。『マンハッタン無宿』とか『夕日のガンマン』とか」
「『許されざる者』があるよ」
「あ、それはまだ見たこと無いです」
「貸してあげるよ。鹿山が良ければ」
「ホントですか?」
俺と江川さんは、延々古い映画やドラマについて、熱く語り合った。妙に趣味の方向が似ているらしく、打てば響くように応えが返って来るのが楽しい。
仕事のことも、相談した。ここのところ、何を云っても反応の鈍い顧客がいること。江川さんから引き継いだ客なのに。
「ああ。庄屋倉か。あそこはオヤジさんと息子がうまく行ってないんだ。西口がオヤジの店で、東口が息子の店だから。確かにまとめた方が割引率はデカイから、鹿山はそう話を進めているんだろうが、別々の店として話を進めたほうがいいな」
「え? そうなんですか。どうりで同じものといって勧めると、すごく怒られると思ってました」
「それさえ気をつければ、鹿山みたいなタイプは、うちの顧客には受けはいい筈だよ。どうしても職人さんとか、食堂のおばさんみたいなタイプが多いからね」
「そうですか? 俺、旨くしゃべれないんで……」
「だから、いいんだよ。俺たちは最新OA機のセールスマンじゃないんだから。多弁である必要は無い。俺たちが売ってるのは企業向けの調理器具だろ。商品さえ確かなら、誠実で、きちんとしたアフターケアさえ心得ていれば、次も売れる」
江川さんはトップセールスマンでは無いけど、江川さんで無ければ契約しないという顧客は多い。
それも、うなづける。本当に信頼できるセールスマンなんだ。
そのとき、江川さんの携帯が鳴る。
江川さんは、優雅な仕草で慌てることなく、電話を取った。
「はい。新海の江川です。お世話になってます。はい、解りました。すぐに向かわせていただきます」
何かトラブルだろうか? 江川さんは立ち上がった。
「悪い。仕事が入ったんだ。ビデオ、何でも好きなの借りていっていいよ。ここで見ててもいいし。鍵置いていくから、帰るならポストに放り込んでおいてもらえる?」
江川さんは片手を顔の前に立てて、俺を拝むような仕草で出て行こうとする。え? 鍵、置いていっていいのか?
「江川さん、俺も行きます」
「助かるよ」
江川さんは柔らかく微笑む。俺に何が出来るか判らないけど、江川さんのお客なら、ここのところ俺も一緒に廻っている筈だ。出来ることがあるなら手伝いたい。



「新海の鹿山です。江川、来てますか?」
「新人くんも来てくれたのか」
「とりあえずの分と思って、氷買ってきたんですが」
「助かったよ。江川さんは製氷機のところにいるから」
料亭・草野のおやじさんは、俺にまで丁寧に頭を下げて、氷を受け取った。二時間ほど前から製氷機が動かなくなってしまったらしい。
「江川さん、どうですか?」
「うん、多分何かの拍子にセットのタイマーが外れたか、ラインゲージがおかしいんだと思う。今、再起動してセットの数字見てるけど、もしかするともう一度、氷買いに走ってもらうかもしれない」
「そのくらいなら、任せてください」
俺は胸を叩いた。
「あ、ここだ。鹿山、ここの数字見ていて。動かないかどうか」
「動きません」
「すると、元電源だな。判ったよ。鹿山。オヤジさん呼んできて」
「はい!」
原因は簡単だった。製氷機を入れた時に、設置したのとは違う電源に製氷機のコンセントを繋げたらしい。隣なので構わないだろうと思ったらしいのだが、そっちでは製氷機を動かすのに足りず、そこだけブレーカーが落ちてしまったと云う訳だ。
「ココの電源なんですが、実は1Aしかないんですよ」
「何だ。家内がこれはたこ足配線だって騒ぐんで、隣から引いたんだが」
「ここ、ふさいでおきましょうか? これだけ独立してますから」
「頼むよ。やっぱり新海さんに頼むに限るな」
「ありがとうございます」
江川さんは控えめに微笑む。
「新人君、え~と鹿山くんか。悪かったな。休みだったんだろう?」
オヤジさんは俺にも気を使ってくれた。俺は丁寧に頭を下げる。
「いえ。いつでも」
店の外へ出ると、江川さんは俺の頭をぽんぽんと叩いた。いかにもインテリの冷たそうな印象のこの人は、実はすごく不器用で優しい人だった。

「鹿山、悪かったね。食事でも行くか?」
「でも、疲れてませんか? 何か買って家帰った方が落ち着くんじゃ……」
「そうだね。じゃ、鹿山も一緒に食べよう」
俺の提案に、江川さんは笑ってそう云ってくれた。俺はそれに喜んで乗る。
二人で一緒に、スーパーで買い物をして、家に帰る。
メシ食いながら、江川さんが借りてたビデオを二人で見て、感想を語り合った。
こういう時間が先輩とすごせたらいいのに――――。


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