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キャッチ<2> 

「シゲ。しげまつとかしげおとかかな」
思わぬところで手に入れた呼び名を口の中で転がす。
「テーラー、角田」
看板に記された店名はそう読めた。店の造りもいかにもな昭和な感じで、古いが歴史のある感じだ。いかにもな高級店。
「テーラーって、スーツ作るところだよな。すげぇな。こんな所でスーツ作ってるんだ」
俺はあの人に似合いすぎるダークスーツを思い浮かべ、しばらく店先に立ち尽くしていた。
その俺の目の前で扉が開く。店先で立ち尽くす俺はいかにもな不審者だ。慌てて目線を逸らす。下を向いた俺の目線の先に、磨かれたローファーが見えた。
「何か御用ですか」
掛けられた声に顔を上げると、俺よりいくつかは年上だろう青年が俺を見下ろしていた。いや、背は同じくらいなんだが、落ち着いた視線で睥睨する感じが、見下ろされているように感じる。
「いや、あの、ここって」
「店名の通り。テーラーです。銀座一のテーラーですよ。私もここの店主のスーツしか身に着けません。貴方も、いつか作る機会があれば、どうぞ」
青年はにっこりと笑って身を翻して去っていく。その後ろ姿は堂々としていて、とても俺といくつかしか違わないような奴には見えなかった。
「ああいう男なら、あの人の隣に並んでも不思議じゃないよな」
ずーんと落ち込みかけて、俺は頭を振る。
取りあえずは、授業だ。それにバイト。あの人と対等になりたいなんて大それたことを考えている訳じゃない。一言、言葉が交わせればいい。せめて、毎日の挨拶が交わせるように。
「朝も会える」
俺は少しだけ浮かれていたかもしれない。さっきの落ち込みを何処かへ放り投げて、俺はあの人と出来た細い繋がりを繋ぎ合わせることに夢中だった。

「お客さん、いい子がいますよ」
鏡の中の俺がにっこりと笑う。なるべく邪気の無い笑顔を作ろうとして、目一杯媚を含んでしまっている。少し顔を引きしめた。
「お客さん、いい子がいますよ」
繰り返す鏡の中の俺は、ちょっと硬い。どうするか。考えあぐねていると、扉が開いて他のバイト連中が入ってくる。
「お、何だ榎木。早いじゃないか」
「あ、ああ」
曳田に見つかってはこれ以上の練習は出来なかった。俺は看板を握って立ち上がる。今日も憂鬱で、少しだけ気持ちを浮きたたせるバイトの始まりだった。
シゲさんが路地に入ってきた瞬間から、俺の心臓は早鐘のように脈打ちはじめる。落ち着けと何度も何度も言い聞かせ、胸に手を置いた。
すぅっと息を吸い込む。
「おじさん、いい子がいるよ」
俺の口から反射的に出たのは、軽すぎる言葉だった。案の定、足を止めたシゲさんは驚いたような顔で俺を見ている。観察されている視線に、俺はなるべく自然に笑おうとしたが、幾分か引きつった。シゲさんが顎に手を置く。
「ふむ。いい子なぁ。どんな子がいる?」
俺は話を聞く体勢になったシゲさんに、勢い込んで話し掛けた。
「お好み次第です。どんなのがいいですか? 若くて可愛い子ばっかりですよ」
普段ならば、ここで曳田に渡して様子見をするのだが、俺の頭からはそんなことは吹っ飛んでいる。シゲさんは少し目線を落として時計を確認した。これは店に寄ってくれるパターンだと、言葉を続けようとした俺の腕を引いた誰かがいた。
「すみません!こいつ、何も知らない新人なんです!」
無理やり頭を押さえつけられ下げさせられる。隣で店のマネージャーが微動だにせずに頭を下げていた。
俺は何が起こったか解らず、だが、マネージャーが飛んでくるような事態だったのかと押さえつけられている頭を上げることは出来なかった。
「いや、構わん。気にしないでくれ」
やさしい声音が降ってくる。俺は残念に思いながらも、じっと頭を下げ続けた。
「おい、こっちへ来い!」
マネージャーに引っ張っていかれた先は、普段入ることは無い店の一番奥の事務所だ。
「お前、二度とあんな真似はするな。俺はお前をキャッチとして雇った覚えは無い。お前の仕事は看板見せびらかして歩くだけだ。向こうから声を掛けてこない限り、相手もするな」
厳しいマネージャーの声を、俺は下を向いたまま聞いていた。何が駄目なのか判らない。
「お前が声を掛けたのは、ここいらで一番デカいソープの経営者だ。ソープだけじゃなく、他にもいくつも店を持ってる。多分、バックはヤクザだろう」
「や、くざ」
俺は弾かれたように顔を上げた。
「お前みたいな世慣れてないのは、何をされるか判らんからな。絶対に二度とやるなよ」
マネージャーは疲れたように椅子に身体を放り投げる。俺はただ、黙って頭を下げて事務所を出た。
俺はその日、店に辞めることを告げて帰宅した。
何故かって。どうしても諦めきれないからだ。俺は充分に自分が可笑しくなっていると気付いてはいた。俺が行動を起こすことで店に迷惑を掛ける訳にはいかない。
夜が駄目ならば、朝があった。あのテーラー。店主とは顔馴染みの様だった。
幸い、店に至る表通りからの道は俺の部屋の下だ。その日から目を皿のようにして俺はシゲさんが現われるのを待つ。既にストーカー染みているのは承知だ。
「何時ごろなのかな、あ!」
俺の呟きが聞こえたかのように、シゲさんが俺の部屋の下を通り過ぎる。俺は外階段をそっと降りた。下宿人が減った今では、そこはほとんど使われていない。降りる度に錆びた鉄の塊が下へと落ちた。
まるで散歩をするように辺りをゆっくりと見回しながら歩く。準備中なのか、既にカーテンが開いていた。
シゲさんが店主に笑い掛ける。人の悪い笑い方だ。それにむくれている店主も中々に凶暴な顔つきで、シゲさんを威嚇している。悪友といったところなのだろう。
だが、シゲさんは珈琲を一口含むと、幸せそうな表情をした。
俺は思わず見とれ、不審に思われるだろうとも気付かずに、じっとその顔を見つめていた。
シゲさんが店主を呼ぶ、店主の肩を引き寄せ、耳元で何かを囁いたかと思うと、不自然なほどに顔が近づいて。
俺は上げそうになる悲鳴を押し殺し、そこから走って自分の部屋へと掛け戻った。
「あら、柳ちゃん。お散歩かい?」
話し掛けてくる女将さんに取り繕う余裕も無い。俺は部屋へ戻ると布団に突っ伏した。涙が知らずに溢れ出す。
初めて行動した挙句の失恋だ。
ひたすら流れる涙を、枕が吸い取っていく。俺がやっと起き上がったのは、女将さんが遅すぎる朝食を促してくれた時刻だった。

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