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幸せの魔法<三角屋根の魔法使い> 

秋イベントの無配SSです。冬イベントのものが完成したのでUP。

南孝司は、困惑を張り付かせたまま、家の前で固まった。
三角形の奇妙な形の塔は、覚えていたそのままの場所にあったが、以前訪れた時とはまったく様子が異なっている。
蔦の絡まる古い洋館はそのままに、鉄製の門扉には可愛らしい小鳥を模った門飾りが揺れていた。庭に生い茂っていたはずの木々は姿を消し、綺麗に整地された芝生にブランコと白いテーブルが座っている。
これはどう見ても違う。
そう判断した南は、さっさとその場を後にした。南はかなり大柄で姿勢よく歩く為、かなり目立つのだ。子供のいる家を覗いていたなどと、通報されては適わない。
「きちんと確認してから出直すか」
南はとある大手出版社の編集者だ。現在は大人向けのライトノベルのウェブ雑誌を担当している。本当は児童文学の編集部への配置を狙っているのだが、まだまだ新人とあって、あと数年はここで頑張らねばならないだろう。
だが、その南を小躍りさせるようなことが起きたのは、極最近だ。ファンである児童文学作家・紅林美巳が南の雑誌で執筆してくれることになったのだ。しかも担当は南である。
初めて会った紅林は、意外と若く見えた。だが、南が紅林の作品を初めて読んだのはまだ小学生の時分なので、三十半ばにはなっている筈だ。実は学生の頃、別の出版社のアルバイトとして、一度だけ訪ねたことがあるのだが、その頃とまったく変っていない。
なので、今回も住所をロクに確認もせずに出てきたのだが、どうやら同じ町には住んでいても転居しているらしい。先程の家には『紅林』とは違う名の表札が掛かっていた。
紅林美巳という名が本名と知ったのは、担当になってからだ。新しいペンネームは『瀬谷芳見』。アシスタントをしている男の名から取ったということだった。
仕事だと何度も何度も唱え、ドキドキしまくった顔合わせで、紅林の隣に座ったアシスタントは、至極平凡な男だった。年の頃は四十半ばくらいだろう。だが、紅林は今の作品はアシスタントとの『共著』だと考えているとまで言い切った。
その言葉が忘れられない。
とりあえず、出直そうかと考えたとき、南の腹が空腹を訴えた。目の前の喫茶店から流れてくるミートソースの匂いに刺激されたようだ。
今風のカフェではなく、いかにもな喫茶店という雰囲気に惹かれて扉を開く。
「いらっしゃい。空いてる席へどうぞ」
恰幅のいい中年女の元気な声に促されて、腰を下ろした。下町という場所柄なのか、見回すと結構老人たちが多い。
「で、やっと勇人も落ち着きそうな感じでな」
「何か時生さん、その子の父親みたいねぇ」
老人たちのご近所話は筒抜けだ。だが、若い連中の話のようにイラつく感じは無い。南は安堵してカルボナーラのセットを頼んだ。
「でも、大丈夫なのか。その男、瀬谷さんちに入り込んでるんだろ?」
「小説家なんて、いかにも怪しげじゃない」
突然出てきた聞き覚えのある名に、思わず南は聞き耳を立ててしまう。
「でもよ。何だがその男が来てから、勇人が笑うようになったんだよ」
「瀬谷の小僧が? あのいつもむすっと下向いてるばかりの?」
「あの子、お母さん倒れてから、人が変わったみたいだったものね」
ご老体たちはすっかり昔話に興じている。どうやら、その瀬谷という男の家に、最近小説家だという男が一緒に暮らしはじめたらしく、それからというもの、暗かった家の主が明るく笑うようになったとのことだ。
その小説家という男は怪しいが、ひとまずは良かった。というのが粗方の意見らしい。
「でも、その人。随分手先が器用で、うちの雨戸治してもらっちゃったわ」
「瀬谷さんちの荒れ放題になってた庭。綺麗にしてるわよ。そこに飾ってあるラズベリー。その人がくれたのよ」
女性陣には評判がいいようだ。振り返ると、一輪挿しに飾られたラズベリーの枝がある。
「どうぜ、顔がいいからって言うんだろうが」
老人が入れた突っ込みに、周囲に笑いが起こった。おそらくは、ちょっと昔風の色男な外見もそれを助長しているのだろう。南はクスリと笑った。
「あれ、この本」
南の声に、店主らしい中年女が顔を向ける。入り口にあるマガジンラックには、いくつかの新聞や雑誌に混じって、児童書が置かれていた。
「お客さん、興味あるの。定休日に読み聞かせやってるのよ」
「ええ。好きなんです。これ『夏の魔法使い』ですね」
あちこち補修され、色あせてはいるが、随分読み込まれている本を手に取った。まだ、子供だった頃にドキドキしながらページをめくった物語。著者は紅林美巳。
「それ、確か勇人も好きだって言ってたな」
「そうでしょうね」
「何だ、勇人の知り合いか?」
「ええ、そんなものです」
老人の問いに曖昧に南は答え、席を立った。勘定を済ませると、思い切って店主に話し掛ける。
「瀬谷さんのお宅ってこの辺りですか?」
「ええ。そうだけど」
南の問いに、こちらを見る店主の視線はいかにも怪しげだ。
「僕、出版社の編集で。その、先程から話題にされている作家さんのところへ伺うところでして」
「あ、あら」
南の言葉に、悪口を並べていた連中は視線を逸らし、褒めていた連中は『ごらんなさい』とでも言うかのごとく、胸を反らした。
「いい本を書かれる先生です。ぜひ読んでください。その本」
先程手にとっていた『夏の魔法使い』を示すと、皆がわらわらと近寄っていく。店主はにこやかに瀬谷さんの家を教えてくれた。
庭に小さな藤棚がある、小さな古い一軒家。庭には、いくつかの実のなる木が植えてある。その隙間から覗く縁側は日当たりが良く、暖かそうだ。
「この家なら、いい話を書いてくれそうだな」
思わず呟く。そして、生意気なことを言ってしまったかもと一人で赤くなった。
「勇人さん。今日は何がいい」
庭へと降りる紅林の声がする。その声はひどく優しげで、幸せそうだった。南はそっと家を離れる。今日のところは邪魔をする気にはなれなかった。
日向の匂いのしそうな家。あそこがきっと紅林の幸福の形なのだろう。
ずっと、昔にめくった物語を思い出した。魔法が消えた魔法使いはきっとそれでも幸福に過ごしたのだろう。きっと、今の紅林のように。

<おわり>

今回の話は、「三角屋根の魔法使い」のその後。編集とご近所さんから見た二人の様子でした。
冬イベントの無配SSは「悪い大人・いけない子供」の五年後。先生が教師を辞める原因となった男が現れて。

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