スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


アクシデント<6>完 

「敏、何処に行きたい?」
ベッドを降りながら、そう問う先輩に、俺は何を聞かれたのか、一瞬わからなかった。
「え?」
「何処か行きたいところ、あるか?」
噛んで含めるように云われて、初めて先輩が予定を空けてくれたのだと知る。
「ど、何処も無い」
先輩と行けそうな、気の効いた場所なんか、俺は知らなかった。俺が知っているのは、新刊の早く入る図書館とか、古いビデオを5本千円で一週間レンタルしてくれるビデオショップとか、何も無いけど、ネコがいっぱい寄ってくる公園とかだけだ。
「遠慮するな。映画、好きなんだろ。そこのシネコンで、いい奴やってないか?」
「あ、見たいのあるけど高いから……」
「馬鹿、デートなんだぞ。奢ってやる」
「デート? 俺と?」
「他に誰と行くんだ?」
俺は夢を見てるんじゃないだろうか。ベッドを降りた後も、先輩がこんなに優しいなんて!
「じゃあ…」
俺が遠慮がちに題名を云うと、先輩はネットですぐに予約を入れてくれた。


まさしく、かゆいところに手が届く状態で、完璧にエスコートされた俺は、『女の子じゃあるまいし』と思いながらも、完全に舞い上がっていた。
映画を見た後も興奮冷めやらず、浮かれてしゃべり続けていて、先輩がうんざりしているだろうことなんて、考えもつかない。
だから、先輩が手を上げた先に、いつもの友人連中がいたときには、俺は何故と疑問の視線を先輩に投げ掛けてしまったくらいだ。

「じゃ、食事でも行こうか」
そう云って、先輩が立ち上がったときに、俺はこれが『デート』と云う名の暇つぶしであることに、ようやく思い至る。
その証拠に、先頭に立って歩き出した先輩は、俺がその場で立ち尽くしていることに、まったく気付かなかった。

しばらく、その集団を呆然と見送ってから、俺はすとんとその場に座り込む。
彼らが来る前に頼んだコーヒーは、話に夢中だった間に、すっかり冷め切っていた。
コーヒーを口に含むと、やたら苦味だけが広がる。
「夢、だったんだよな」
俺は自分に言い聞かせるように、呟いて立ち上がった。
「なぁ、行かないの?」
背中から声が掛かる。振り向くと、先輩の友人連中の一人が立っていた。
「メシ、食いに行くんだけど?」
どういう訳か、一人だけ戻ってきたらしい。
「いえ。俺、帰ります」
だが、俺は知らない人と飯なんか食えないし、先輩はとっくに行ってしまったのだ。これ以上、惨めな気分はごめんだった。

俺は頭を下げて、その場を立ち去る。逃げ込む場所はひとつしか無かった。



「鹿山」
「ごめんなさい。今日だけ、いいですか?」
江川さんの顔を見た瞬間に、堰を切ったように、涙が溢れた。
「鹿山。いいよ。思いっきり泣くといい」
江川さんは、泣いている俺の背中を、ゆっくりと宥めるようにさする。
その優しい手に、俺はますます涙が止まらなかった。


いつの間にか泣き疲れて眠ってしまったらしい。
何度か泊まった客用の布団に包まれて、まどろんでいると、布団越しに話し声が聞こえてきた。
「俺の恋人なんだ、返せよ」
「だが、それはまったく通じていないよ。俺は鹿山には笑っていて欲しい」
「まるで、俺が泣かせてるみたいな言い方だな」
「違うとでも?」
がちゃんとコップを叩きつけるような音が響いて、俺は飛び起きた。
振り向いた先には、先輩と江川さんがテーブルを挟んで向かい合っている。
「せ、先輩…、」
週末の間だけでも見ないで済むと思っていた相手に、俺は驚くより先に、反射的に飛びのいてしまった。江川さんの背中にしがみついて、ぎゅっと眼を閉じる。
「大丈夫だよ」
江川さんの服をやぶれそうなくらい握り締めている俺に、江川さんは優しく手を握ってくれた。
江川さんのぬくもりに、俺はほっとするものの、それで先輩がいなくなった訳では無い。
「浮気してたのか。どうりで俺とは出掛けたがらない訳だ」
冷たい言葉に、俺は首を横に振ることしか出来ない。浮気なんかじゃ無い。ただ、優しくしてもらいたかっただけだ。
「そういう云い方しか出来ないのか。好きな相手なのに」
江川さんは、俺を背にかばうようにして、珍しい詰問口調で話している。
「事実だろうが。あんた、こいつと寝たんだろう?」
「抱いてないよ。キスはしたけれどね。ちゃんと君と別れて付き合って欲しいと申し込んでいる。まだ、返事待ちだ」
「で? 俺と別れる気か? そんなことさせると思ってるのか?」
先輩は睨みつけるように、俺を見た。
「ふざけるなよ。何処までも付きまとってやるからな」
今まで、ずっと放っておいた癖に、今更?
「せ、先輩は勝手だ。単なる独占欲じゃないか!」
俺は思わずキレた。
「呼び出して抱くだけなのに、自分のモノみたいな顔するな! 江川さんの方が、余程、恋人として扱ってくれたよッ!」
「何だと!」
激昂して、俺に殴りかかりそうな先輩の身体を押し留めて、俺の楯になってくれたのは、江川さんだ。
「週末に、俺のために予定を空けてくれたことなんか、一度も無いじゃないか! 抱くだけ抱いて、朝には放り出されて―――どれだけ、惨めだと思ってるんだ! もう、たくさんだ!」
最後には叫ぶように言葉を叩きつける。好きだったから、云えなかった。たとえひと時でも、俺は先輩といたかったから。
でも、もう終わりだ。
先輩は、俺なんか見ていない。

殴るなら殴ればいいんだ。それで終わり。
俺は、俺だけ見てくれる人と過ごして生きたい。

「そんな風に思っていたのか?」

半ば覚悟を決めて、閉じていた眼を開けると、泣きそうな先輩の顔があった。
「好きだから、抱いたんだ。何故、解らない?」
「でも、抱いた後に俺と過ごしてくれたことなんか無かった」
「男と付き合うのは初めてだったから、どうしていいか分からなかったんだ。だから、友達と付き合うようにしたらいいのかと思っていた」
「俺、先輩は俺の躯しか要らないんだと思ってた」
「俺は、お前が江川さんには笑うのに、俺には笑わないから、きっと江川さんの方が好きなんだと思っていたよ」
「俺…、俺―――――」
違う意味で、涙が溢れる。
口付けは、だが、重なる寸前で止められた。

「ストップ。これ以上は、帰ってからにしてくれないか。フラれた身には堪える」
江川さんが肩をすくめて、ドアを指差す。
俺は、江川さんに思わず抱きついた。
「ごめんなさい、ご、めん…な」
「謝らないで。笑ってくれるかい? どうせなら、ありがとうのキスが欲しいよ」
俺は、こぼれる涙を止められなくて、そのまま、キスをする。精一杯のありがとうのキスだ。


外は既に日が落ち始めている。
赤く染まる街を、俺たちははじめて手を繋いで歩いた。


<おわり>

面白かったと思ったら、クリックしてくださると励みになります。
BL小説ランキング
FC2 Blog Ranking

完結小説一覧


スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(0)


~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。