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武士の背中・番外参<武士の背中> 

新年SS祭りで入らなかった番外編でございます。本編「武士の背中」

「お久しぶりでございます。先生」
深々と頭を下げたのは日本橋で呉服屋を営む端午屋の隠居だ。町道場で師範代を勤める陣三郎の元に現れた隠居の様子は、まだまだかくしゃくとしてはいるものの、何処か疲れが見えた。
「久しいな。伊衛門には会うたか」
「いえ。何事かあれば、先生がそのように落ち着いておられるとは思えませぬ。元気でおりましょうや」
薄い笑みを刷いた口元に指す暗い影を、陣三郎が見逃すことなど無い。
「話はそれだけではあるまい。何事が起こった」
身を乗り出した陣三郎に、再び隠居が深く頭を下げた。
「先生。再び当家の用心棒を買って出てくださる訳にはまいりませぬか」
「荒事か」
顔を上げた隠居の目はしっかりと陣三郎を見据えている。外は深々と雪が降り積もり、隠居の声を吸い取っていった。

陣三郎がその居を端午屋の離れに移したのは、数日後のこと。陣三郎の前には、浪人に身をやつした男が座していた。
「何故に俺の言うことを信じた。何の根拠も無く」
刀を磨きつつ、陣三郎が浪人に問う。この浪人風の男は実は火盗改めの役人であった。
話は数ヶ月前に遡る。
日本橋界隈で数件の押し込みが半月おきに起こった。冬場のそうした話は珍しくも無い。夏の寝苦しい夜は眠りも浅く、また明けるのも早い。騒がれやすく姿を捕らわれやすい季節だ。その時期を過ぎて、人の眠りが深くなる秋口から冬にかけて盗賊の動きが活発になるのは珍しいことではない。江戸という町の理といってもいいくらいだ。
可笑しな雰囲気に気付いたのは、隠居である。店を娘夫婦に任せてはいるが、まだまだ働けると、時折店に立つこともあった。その折、客のうちの数人が妙な目くばせを交わすのに気付いた。客と小僧の話に気を配ると、どうも品よりも店に関するものが多い。
不審に思った隠居は、奉行所にも話を持ち込んだが、半月おきの盗賊を追うだけでも手が足りぬと一蹴されてしまった。
そこで隠居は陣三郎の元を訪れたのである。家を出た後、後ろ暗い場所での用心棒稼業もこなして来た陣三郎だ。入れ代わり立ち代わりに訪れる客の内から、これはと思うものたちの見当は付けることは出来た。だが、やはりそれ以上は探索になれたものたちの手が必要だ。
本来であれば、端午屋に出入りの十手持ちや同心に相談を持ちかけることが出来れば良かったのだろうが、このあたりを受け持つ安藤という同心は性質の悪い男で任せるに足るとは思えぬ。
そこで火付け盗賊改めに相談を持ちかけると、すぐに役人の一人を陣三郎の昔馴染みとの触れ込みで寄越したのだ。
「何、勘働きという奴は案外馬鹿に出来ぬものさ。あんたはそこそこ人生の荒波を潜ってきたお人だ。そのあんたが『怪しい』と感じたというのは、奴らの所作、目配り、それが滲み出ていたんだろうさ」
まるで昔からの知り合いか何かのように、役人は陣三郎に気さくに話し掛ける。だが、目つきは鋭く陣三郎を見据えていた。おそらく、役人にとっては陣三郎も賊の仲間かもしれぬと疑いをもっているに違いない。
陣三郎は、目の前に据えられた熱燗を一口含み、小間物屋に残してきた己の連れ合いに思いをはせた。伊衛門には道場主が留守にするため、道場へ泊り込むと言ってある。まさか、己が実家が盗賊に狙われているなどとは知らせたくは無かった。
過去を捨て商人となった男は、それを知ればきっと再び刀を手にするに違いない。
「腕に覚えはあるようだが、なるべく私の後ろに控えていてください。火盗改めは切捨て御免。あんたも命は惜しいでしょう」
火盗の役人はニヤリと陣三郎に笑いかけた。
「そういう訳にはいかんな。俺も端午屋には世話になっている身だ。ここらで恩を返しておかぬと、お天道様に顔向けも出来ぬ」
「先生」
控えめな声が渡り廊下から掛かる。覚えのある声に、陣三郎はすぐに応えを返した。
「初殿か。何か御用か」
「捕り物がはじまると伺いました。何卒、危ない真似はお止めくださいませ。父が何を申し上げましたかは存じませぬが、あにさまに心労を掛けるようなことは」
障子越しの初の言葉に、陣三郎は立ち上がる。障子を開くと、そこに泣き濡れた美しい女が伏していた。婿を取った折には、未だ少女の面影を残していた伊衛門の妹・初も、いまや立派な主人の妻だ。
「初殿。心配などせずとも良い。火盗改めもこの店を取り囲んでおる。それでも心配ならば我らが無事を神仏に祈っておってくれ」
伏したままの初に座り、陣三郎は辛抱強く語りかける。安心をしたのか、初が顔を上げた。
「今度は伊衛門をともなって来よう。早く甥ごの顔など見せてやるが良い」
「はい。先生」
ようやっと明るく笑った初を女中に預け、陣三郎はほっと息を吐く。おなごは苦手だが、初だけは妹のように感じていた。幸多かれと願う。その為には。
刀の柄に手を掛ける。
明りを吹き消すと暗闇と静寂が広がった。店のものたちは当に屋根裏へと身を潜めている。
近づいてくる幾人もの気配を待った。
障子を開き、庭へと踊り出る。
ほっかむりで顔を隠した男たちが、裏木戸を開き、幾人も入り込んできていた。土蔵へと向う男たちの前に立ちはだかった陣三郎が、すれ違いざまに一人切り捨てる。
火盗改めの役人も、刀を抜いて走りこんで来た。
「火付け盗賊改め方、日置一之進。神妙にいたせ」
怒鳴るような声に、一瞬、庭が静まりかえる。火盗は切捨て御免。逆らえば命は無い。だが、賊は十人を超え、対峙している相手はたったの二人だ。盗賊どもは匕首を手に襲い掛かって来た。
匕首を刀で受け止め、跳ね返し切り捨てる。陣三郎と日置は背中合わせに周囲を囲む盗賊どもを蹴散らしていた。
一人、また一人と倒れていく中、適わぬと見た盗賊たちの数人が逃げを打つ。それを追う陣三郎の前で、木戸を潜ろうとした男たちの動きが止まった。
一人の盗賊の背には刀が突き通っている。
それが抜かれると同時に盗賊が倒れた。
「兄上」
木戸を潜って現れたのは、年を重ねてもなお美しい面の陣三郎の連れ合いだ。
「陣三郎。これで全部か」
冷たい視線が盗賊どもを睥睨する。
「はい。兄上」
「木戸の外は火盗改めの役人が取り囲んでおる。観念するがいい。どちらにしろ、お前たちに生きる術は残されてはおらぬ」
刀を突きつけ、伊衛門はいまや数人しか残っていない盗賊どもに向けて告げた。その伊衛門におもむろに一人が匕首を振り上げる。
動いたのは陣三郎と伊衛門が同時だ。二人の刀を同時に受け、男はその場に倒れ伏す。降りはじめた雪が赤く染まった。
「この度は妹夫婦と父がお世話をお掛けいたしました。端午屋伊衛門と申します」
刀を納めた伊衛門は、すっかり商人に戻っている。柔らかな口調で深く頭を下げられた日置が眉を潜めた。
「お主、元武士か」
「今はただの小間物屋でございます」
意図を悟りながら、態とそ知らぬ振りを押し通す伊衛門に、日置はそのまま背を向けた。裏木戸を潜った役人たちが盗賊どもを引っ立てていく。
騒ぎが収まったことに気付き、足音が近づいてくる。走り寄ってくる初の顔がいない筈の男を見つけ、驚きと同時に笑みを浮かべた。
頭を下げた伊衛門が、陣三郎を促す。
二人して木戸の外へと出ると、そこには縄を掛けられた盗賊と役人たちが立ち去っていくところだ。
騒ぎに紛れ、端午屋から足早に離れる伊衛門と陣三郎を初と隠居は何時までも見送っていた。
「伊衛門。木戸番はどうした」
ふと思いついて陣三郎が顔を上げる。それに伊衛門は人を食ったような笑みを見せた。
「地獄の沙汰も金次第。だが、さすがに朝までに戻らんと」
「お主は」
呆れたような声を上げた陣三郎に、伊衛門が立ち止まる。
「お前はどうして何も言わなかった」
振り向いた伊衛門に、陣三郎は静かに首を振った。
「お主はもう商人だ。手を血で汚すこともあるまい」
「そうしてお前は俺と家族を守ろうとするのか」
血は繋がってはいないが、幼い初はあにさまと慕ってくれ、父は商売のいろはを全て教えこんでくれた。伊衛門が武士でなくとも生きていけるように。それを伊衛門が大事にしていることを陣三郎は知っている。
「ああ。お主が大事と思うものは、俺も大事だ」
ふっと笑う陣三郎の後頭部を伊衛門が捕らえ、噛み付くように口付けた。
「兄上、と呼んだな」
昔の記憶が蘇るのは、伊衛門が刀を取るときだ。
「もう、二度と呼ばぬ。お主は俺の連れ合いの小間物屋の店主だ」
振り切るように陣三郎の口元が笑みを形作る。自然と浮かんだそれに、伊衛門も笑みを浮かべた。
「お前が小間物屋の亭主か。悪くないな」
明けてゆく町に足を速める。目指す場所は自分たちの小さな店であった。

<おわり>

たまには強い陣三郎も見てみたいとのことで書いてみました。でも、美味しいところは伊衛門がもっていくのね。
とりあえず、色々書いて楽しかったです。
で、次も殺伐としてて申し訳ないんですが、「傭兵と吟遊詩人」の連載をはじめます。名実ともに相棒となった二人の新たな町での仕事です。その前に拍手に納めている短編を表に出します。

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