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人生の地図<三角屋根の魔法使い> 

紅林美巳は幾度も名前を変えた。行野明。明石之野。林惟弥。本名と呼べるものは無い。
元々、紅林のいた世界では住人にはナンバリングがされ、それのみで管理されている。名前というのは、そこに複数の人間がいる場合のみに設けられる呼び名でしかない。
だからこそ、この地に関心を持ったのかもしれない。
名前や言葉の響きや音の持つ『意味』。呪術的で伝説的な『言霊』と呼ばれるものは、彼を夢中にさせた。
小説という手段を研究に用いることも、彼の提案だった。研究所と繋がる場に何処を選ぶかというのにも、積極的にかかわり、もちろん、自分が行くと主張して譲らなかった。
周囲の人々とは、同じように時は流れない。
なるべくかかわりを持たず、十数年の時間を過ごした後は、周囲が忘れた頃に名前を変える。時には髪を染め、瞳の色を変え、印象を操作し、場の力を借りて嘘の経歴を信じ込ませた。
幾度かそれを繰り返したが、限界はある。
これが最後と選んだ名は紅林美巳。容姿は元の金茶の髪に茶の瞳のままだ。この数十年で周囲も変化し、下町にこんな容姿の人間が歩いていても誰も気にしない世の中になった。
いや、本当はそのままでいたかったのは紅林自身の我侭かもしれない。これが最後だと知っていたから。
本当の自分を、いつか忘れされれる自分を、この地に覚えておいて欲しかったのかもしれない。
だからこそ、覚えていたあの子に執着したのだろう。

「紅林。寒くないのか」
目を開けると、何処か疲れた中年男が、相変わらずの面白くも無さそうな表情で紅林を覗き込んでいる。
もう、夕刻だ。どうやら原稿のチェックをしながら、いつの間にか眠り込んでいたらしい。ぶるりと身体が震えた。
「勇人さん、すまない。待たせた」
「いや、お前の本、読んでたから」
紅林の小説の愛読者だという男は、暇さえあれば、紅林の本を読んでいる。面白く無さそうな表情が、そのときだけは豊かになった。
だが。今紅林に見せる顔は、常の平坦な顔だ。
その顔が夕日に染まる。それは遠い記憶と重なる顔だ。
「紅林?」
「いや、何でもない」
胸の中の疑問をぶつけることなく、紅林は身を起こした。
お互いの人生が交差することを、このときの二人は知らない。
そして、最後の名前が意味を成すことも。

<おわり>

前回のJガーデンでの帰っちゃうのポスターの小話です。
今回の帰っちゃうのポスターは「キャッチ」。公開は次回Jガーデンまで行いません。

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