スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


仮初の守護者<6> 

夜半も過ぎ、何処の楼も客が娼姑と落ち着いた頃合いに、ベルゼは百華楼へと顔を出す。本来であれば、それは仕事の終了の合図である。ここのところ騒がしかった所為で、すっかり明け方まで居つく形になってしまっていた。
「娼姑を巡った喧嘩が三件。出入り禁止にする程の派手なもんじゃない。それより、爺さんが孫みたいな年代の姑に血道上げてる楼がある。多分、そっちの方がヤバ気だ」
「何処の楼だい?」
「大門入ってすぐの南天楼。大人しそうな感じの爺だが、上質の服といい拵えの剣を穿いてる。なのに、従者無しだ」
上質の服と剣とあれば、王宮勤めか引退騎士というところだろう。従者がいないのは、途中で巻いたかそれとも従者を連れる必要がないか。どちらにしても実力はあるのだろう。
「成程、確かに厄介だね」
娼姑に惚れて通っているうちはいいだろうが、袖にされたら実力行使となりかねない。
「年寄りの冷や水にはならねぇぞ。あれは」
「あんまり無茶はおしで無いよ」
顔を引き締めたベルゼに、百華楼の主であるミュエルは年を重ねても未だ美しい眉根をひそめた。
「仕事だ。多少は無理もする」
「そりゃそうだけれどね。あんただって、もう一人じゃあ無いんだよ。暁さまも蒼さまもおいでになるんだ。あんまり心配掛けるんじゃないよ。あの馬鹿坊ちゃんの件もあるんだ」
ミュエルの言葉に、ベルゼは驚きをあらわにした顔を上げる。
「何だい、その顔は。あんたもここに骨を埋める気なんだろう。心配してくれるような相手は無下にするもんじゃないよ。ああいう手合いならこっちの方が場数は踏んでるんだ」
いつの間にか身内認定されてしまっているらしい。思いもよらない事実に、ベルゼは照れ臭い気分だった。
「すまん。こっちも打つ手が無いではないんだ。情けないが頼ってみるさ」
どうやら、簡単に死んで終わりとは行かないらしい。迷惑を掛ける前に思いついた伝手を頼ってみようとベルゼは考えてミュエルの部屋を辞した。

「よう。ベルゼ、久しぶりだな」
開かれたままの酒場の入口をくぐると、ベルゼと変わらぬくらいの体格の男が声を掛けてきた。
「レイ」
鍛えられた体躯で、父親の形見だという重い幅広の剣を腰に差した馴染みの傭兵に手招かれるまま、ベルゼは丸テーブルの隣へと腰を下ろした。
「ちょうど良かった。お前を探してたんだ」
「何だ? 何か厄介ごとか?」
用があれば、この酒場に来れば連絡は付くとは聞いていたが、本人がいるとは幸いだ。傭兵稼業には似合わぬ貴公子然とした顔が好奇心で輝いた。
「俺が今、花街の雇われだってのは話したよな」
「ああ。お前、どっかの女にでも惚れたか」
紫紺の瞳が悪戯っぽく問いかける。
「そんな色っぽい話ならいいんだがな。今、騒ぎを起こしている連中のご身分がヤバくてな。余所者の傭兵の命なんざ刈り取られそうだ」
ベルゼは決定的な怪我を負わせる訳にはいかないが、あちらはベルゼの命など雑草を踏みつけるくらいにしか考えていないだろう。
「ふん、なるほどな。名は解るか」
「いや、そこまでは安楼でも明かしちゃくれねぇ。代々の騎士隊長さまの家だと」
客の身分や名前は楼では問わない決まりだ。仮初の一夜を買う場所なのだ。もちろん、接待に使う客などは、堂々と名乗るが。
「ああ。お前、数日前に騎士団の連中を叩きのめしたか」
「何故、知ってる」
「そいつら、こっちとも騒動起こしてる。親はまったくの放任だし、若い身の暴走と考えている。騎士団から叱責も食らってるが、謹慎を申し付ける程の決定的なものがない」
「娼姑の顔と楽器をダメにされたんだが」
レイの言葉に俺は納得できないものを感じて食い下がったが、レイはそれに頭を振った。
「その件は親が和解してる」
金と権力はこんな小さな国であっても、いや小さな国だからこそ大きな効力を発揮するのだ。
レイと出会ったのは、この国に来たばかりの頃。商船の護衛仕事だった。傭兵らしからぬ品のある身ごなしを疑問に思っていると、二足わらじだと打ち明けてきた。
「もしも何かあれば、力になれるぞ。顔は広いし、それなりの表仕事もあるんだ」
ベルゼの何を気に入ったのか、別れ際にそう囁かれた。それを信じて今回頼りにさせてもらったのだが。
「そっちは俺がどうにかする。こっちの仕事にも支障が出そうなんだ」
「表仕事か」
「いや。騎士団の一部の育成を頼まれてる。どっちかといえば傭兵仕事の方だな」
馬鹿坊ちゃんは騎士団の重鎮の息子だったと思い出す。苦労しそうだなと考えつつ、ベルゼは片目を瞑ったレイに苦笑いを浮かべた。

リベア・クラージェはその日、友人に誘われるままに花街の大門を潜った。貧乏貴族であるクラージェにとって、花街は敷居が高い。
だが、友人たちが祝ってくれるというのを無下にするのも憚られた。街の学び舎で共に学んだ三人の友人は、商家や役人など立場は違ったが気の置けない連中である。
「おーい。こっちだリベア!」
門を潜ったところで友人の一人・マリエールに声を掛けられた。知った人間の姿に、クラージェはほっと胸を撫でおろす。
「マリエ」
「今日は来てくれてありがとう」
満面の笑みはきらきらと輝いて本当に嬉しそうだ。柔らかな栗色の髪と瞳のマリエールはクラージェの友人でも一番の美男だ。きっと花街では引っ張りだこだろうとクラージェはちょっと遠い目になる。
『リベア』という名は、この王都で最も多く付けられる男性名だ。出稼ぎ兵士から英雄まで上り詰めた男の名に夢を託す両親は多かった。
その名を持つ、リベア・クラージェはどこまでも平凡だ。不細工ではないがさりとて美形には程遠く、身長は平均で体格も平凡。ちょっと運動能力は秀でているが、それでも鍛え上げられた連中には劣る。
貴族ではあるが、さして家柄がいい訳でもなく、働かなくては食べていけない程度には貧乏だ。大きいだけの古い家の修繕費にも事欠く生活である。
「礼を言うのはこっちだ。態々祝ってくれるなんて嬉しいよ」
「うん。君はそう言うだろうと思っていたけれど、周囲がね。君はもう『選ばれし騎士』だから」
マリエの言葉に、クラージェの気持ちが沈む。選ばれたくて選ばれた訳では無い。従者の一人にでもなれれば、給金が上がると聞いたから素直に従ったまでである。
王宮の地下に安置された『焔の剣』を前に、一人ひとりが柄に手を掛ける。びくともしなかったそれが、何故かクラージェが引いた瞬間、するりと抜けた。
「え?」
その瞬間のクラージェの頭の中は、疑問で一杯だった。何故。どうして。だが、それに応えてくれる相手は無く、あっという間に『英雄候補』に祭り上げられてしまった。
似合わない、何よりも恐れ多い。伝説に残るような人物の後を追うのが自分のような平凡な男の筈がない。
「ほら、リベア。ここだよ。みんな待ってる」
マリエの言葉にぐるぐると回っていた思考を引き戻した。どうやら宴の場所に着いたらしい。
「おま、ここは」
顔を上げたクラージェが固まった。目の前に広がる古いが品のいい格子窓。花街の一番奥にあるそこの名は『百華楼』。花街で一番の老舗であった。

NEXT

FC2 Blog Ranking
完結小説一覧
スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-)  Tag List  [ 小説 ]   [ メンズラブ ]   [ オヤジ受け ]   [ ファンタジー ] 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。