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どうでもいい男(ひと)<1> 

三度の褌パブネタです。今回はアリスちゃんの出番は無し。
商社勤めの気弱な男が、彼女に振られ、落ち着こうと入った店は何と。
そこで偶然に会った隣の課の同僚は。

【どうでもいい男(ひと)】

女に振られた。
三十の坂をいくつか超えて、多分最後の相手になるだろうと思っていた女だ。派遣で入ったOLでもう三年目。春が来たら派遣法で次の職場に移らねばならない。決死の思いでしたプロポーズは敢え無く叩き落された。
「朔(はじめ)くんは、すごくいい人だしいい旦那様になるだろうなと思う。でも、私が家庭を守るって柄じゃない気がするんだ。一緒にいるのはすごく楽しいから、これからもいい友達でいてほしいな」
正社員と派遣という立場の違いを考慮して、未だ手は出していなかったものの、友達と言われるような間柄だと認識されているとは思わなかった。
「ああ。そうだな」
内心を悟られないように、何とか平静を装った声を絞り出す。渡すつもりの指輪のケースは握りつぶされてぐちゃぐちゃになっているだろうと頭の片隅で考えた。
女と別れて、とぼとぼと夜の街を歩き出す。
そこここで男女のグループや酔っぱらったサラリーマンの声が響いている、いつもの風景がひどく癇に障る。
朔は不味いと目の前の雑居ビルに足を踏み入れた。
ひと気の無い通路は明るすぎない程度の電灯が灯っている。入口に店名らしい金属板がいくつか並んでいた。レストラン、パブ、クラブ、ダンスホール。
少し落ち着いて酒でも呑もう。パブなら食事も出来る。女にせがまれて予約したレストランの食事はよく分からない名前のメニューが並んでいて、何だか味気なかったし、腹が減った。
そう考えて、パブへ向かおうと周囲を見回すが、どうやらエレベーターしか無いらしい。乗り込むと大柄な青年が一緒に乗ってきた。じろりとこちらを見た青年に、朔はびくりと身を竦ませる。朔も同じような体格だが、腕っぷしに自信は無い。
「何階ですか」
「二階で」
青年の意外な親切と柔らかな声に、朔は内心ほっとした。
同じ階で降りた青年が、目の前の店の扉を開く。どうやら目的地は同じらしい。ドアを押さえる青年に釣られるように扉を潜った。
「アリス。おかえりー」
「アリスちゃん。おかえり」
「ただいま。いらっしゃい」
どうやら、青年は店の人間だったようだ。常連らしい周囲の客から口々におかえりと声が掛かる。それに青年は律儀に頭を下げ、いらっしゃいと応じていた。
「ただいま、将棋。お客さんだよ」
カウンターの内側へ声を掛け、青年は朔へと頭を下げると、そそくさと奥へと消えた。
「はじめての方ですね」
「ああ」
ぶっきらぼうに応じた朔は、早くも後悔し始めていた。居酒屋のような喧騒はないものの、どうやら常連ばかりが出入りしているらしい。
「決まったら声を掛けてください」
メニューを差し出したマスターらしい人物がやんわりと声を掛け、そのまま放置されたのに安堵して、朔はメニューを開いた。トマトのスライスサラダ、ソーセージ盛り合わせ、チーズトースト、焼きおにぎり、野菜スティック、じゃがバター、生姜焼き、サバ味噌煮。
プラス料金でお茶漬けか白米と味噌汁のセットになるらしい。
酒にも心惹かれたが、最初程呑みたいという気持ちは失せている。
「焼きおにぎりと味噌汁で。酒はいい。お茶ある?」
「お茶っすか。ウーロンでも緑茶でも、結構種類はあるっす。何にします?」
マスターではない方へ注文すると、ぞんざいな言葉使いではあるものの、即答だった。
「緑茶で」
「焼きおにぎり味噌汁、緑茶っすね」
丁寧だがそっけないくらいの対応が、今の朔には非常に心地が良い。
時間も掛けずに運ばれてきたそれにかぶりつくと、薄く塗られた味噌の味が口の中に広がって、改めて腹が減っていることを意識した。味噌汁はごぼうと厚揚げ。薄く刻まれた揚げと歯ごたえのあるごぼうの組み合わせに舌鼓を打つ。
薄めに入れられた香りの良い茶は甘くて、濃い味に慣れた舌を緩和してくれた。
「すまん。茶、もう一杯もらえるか」
「いいっすよ」
食事が終わる頃には、茶も飲み干していて、もう一杯食後に欲しいと感じる。熱いそれを飲み干すと、漸く人心地が付いた気がした。すると現金なもので酒も味わえそうな気がするから不思議だ。少しだけささくれだった気分が和らいだのもあるだろう。
もう一度メニューに目を落とすと、隣に誰かが腰を下ろした気配がした。
「はじめて見る顔だね。お近づきの印に奢らせてくれないか」
まるで女にするような口説き文句だな。と朔は隣に座った男に目をやって、硬直した。
隣の男は、ほぼ全裸だ。思わず二度見して、下着だけは付けているのに気付く。
「は? い、いいえ、け、結構です」
やばい、妙な店に入ったか?と動揺しつつも、頑なに断ることは忘れない。
「あ。変な誤解したか。いや、妙な意味じゃないって。知らないで入ったんだろ。ここ『褌パブ』だぜ」
「褌パブ?」
聞きなれない業種に、朔は首を傾げた。
「褌愛好家による、褌愛好家のためのパブ。褌締めるかどうかは人によるけどな。見て楽しむだけって奴もいるし」
「はぁ」
明るく声を掛けて来た相手は、顔だけ見ればさわやか系イケメンと言う奴だが、すでに朔の警戒心はマックスだ。肩に回された馴れ馴れしい手を外そうとして果たせずに苦い顔をしていると、不意に救世主が現れた。
「そんなこと言いながら、ナンパするのは止めてほしいわね。ちょっと倉田、アタシにもいつものちょうだい」
馴れ馴れしい腕を外した男は、オカマっぽい喋り方に戸惑いはしたが、確かに見慣れた相手であった。
「久遠主任?」
逞しい身体にちょっとたるげな無精髭の褌姿の男は、どう見ても隣の部署で毎日見る顔だ。
「あら、覚えてた? こんな場所になんて来るもんじゃないわよ。さっさと帰ったらって進めるとこだけど、普段慎重な杵築らしくもなく、こんな店に入ってくるくらいだもんねぇ。何かあったんでしょ。愚痴ってく?」
さらりと男を退かして隣に座りこんだ久遠に、せっかく落ち着いた朔の思考は再び困惑の一途をたどっていた。褌姿の同僚が女言葉で話しかけてくるのにも動揺する。
「安心しなさいよ。ここで会ったなんてアタシも言いふらされたくも無いし、出たらすっぱりと忘れてあげるわよ」
口籠る朔に、久遠はケラケラと笑い声を上げる。そんな久遠の目の前には、スティックサラダとハンバーグの皿が置かれていた。
「ほら、酒頼むんでしょ。何にするの」
「生。グラスで」
久遠に促されるままに朔はビールを注文する。とりあえず、素では女言葉らしい久遠など誰にも言えはしないし、こちらの愚痴も漏れる心配は無さそうだ。

「それ、『どうでもいい人』ってことよね」
静かに話を聞いていた久遠が吐きだしたのは、朔にとってはキッツイ一言だった。
「女はさ、ケチ臭い男はモテないなんて言うけど、その女、お断りするような間柄なのに、たかる気は満々だったんでしょ。正直有り得ないわ。今どきの女の子は上司のお誘いでも無ければ自分の分は払っちゃうわよ。特にオトモダチだと思ってるんなら尚更。変に勘繰られたくないってね。ドライよぉ、今の子は」
朔もそこは引っかかっていた。デートのつもりだったから支払ったし、女が行きたいと強請った店も予約した。
「あなたはいい人ね。お友達でいましょう。なんて嘘っぱちよ。それって、都合のいい人、どうでもいい男ってこと」
久遠の言葉に朔は深いため息を漏らす。違和感の正体を突き付けられて、むしろほっとした。
「まぁ、アンタも焦るのわかるけど、相手が悪いわ。あの子でしょ、派遣の子。あれ、男いるじゃない」
「え、何で」
何故、相手が判ったのか。朔としては非常に慎重に事を運んでいたつもりだっただけに、面食らう。しかも、男がいる? 何ゆえにそんなことまで判るのか。
「杵築は気をつけてたんだろうけど、あの子割とあからさまだったわよぉ。それに仕事中に隠れてメール打ってるの、何度か見てるし。それで外に相手がいるんだなぁって思ってたわ」
隣の課からでも判る事実を見逃していたことに、朔は軽くショックを受けていた。自分は彼女の何を見ていたのだろうか。
「まぁ、アタシの勘よぉ。外れてるかもしれないじゃない」
ショックを受けた朔を慮ったのか、久遠はばしばしと背中を叩く。それにやっと顔を上げた朔は、久遠の皿がまったく手を付けられていないことに気付いた。
「すみません。主任、愚痴聞かせて。飯、食ってください」
朔の気遣いに、最初はぽかんとした顔をした久遠は、次いでクスリと苦笑いを浮かべる。
「ホントにアンタっていいひとよね」
呆れたように呟かれた『いいひと』は先程までの『いいひと』とは何処か違った響きの言葉だった。

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