スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


どうでもいい男(ひと)<2> 

翌朝、出社すると女からは目をそらされた。当たり前だろうと朔も思ったし、意外と平静な気分だった。これも久遠が愚痴を聞いてくれたお陰かと、視線で久遠を探す。
窓際の机に座っている久遠は、無精髭と何処かだるい雰囲気はそのままではあるが、スーツの似合うがっしりとした男だ。昨晩の女言葉でしなを作っていた相手と同じとはとても思えない。
じっと見ていると視線を感じたのか、顔を上げた久遠と目線が合う。思わず会釈を返すと、目だけで笑ったのが判った。そのまま久遠の視線は手にしたファイルに落ちた。
朔も、机の上のノートパソコンを開いて、メールの確認を始める。早朝のいつもの仕事風景だった。
妙に忙しいというよりも、仕事に逃げるようにしていた三日後。鞄の中に入れっぱなしにしていたスマホに女からの電話が鳴り響いた。
「朔くん、怒ってるの?」
半ば泣きそうな声の訴えに、朔は溜息を押し殺した。まだ、夕方七時前。十二分に仕事中である時間だ。同じ職場ならば判っている筈の時間に、何故に電話。じかもまだ移動中で電車の中だ。
「ごめん。電車なんだ。後で掛けなおす」
すばやく手でスマホを覆い、それだけ囁いて通話を切ったが、すぐにまた掛かってきた。相手は同じだ。周囲の目が痛い。バイブに切り替え、次の駅へ着くのを待った。一端降りて未だ鳴り続けているスマホを通話に切り替える。
「何処にいるの?」
「地下鉄の駅。帰社の途中だよ」
会社まで数駅の駅名を上げた。女はすすり泣きをしつつ話をはじめた。
「私のこと嫌いになったの?」
ちょっと待てと朔は女に言いたかった。嫌いも何も、プロポーズを断られたのは三日前の話である。普通は気まずくて顔を合わせる気にはなれないのではないだろうか。
「スカイプもLINEも上がってこないし、今までみたいに一緒に遊びたいのに」
朔はぐったりとしてしまった。元よりあまりSNSの類は好きではないし、疲れていても少しでも繋がっていたかったのは、相手に好意を抱いていたからだ。振られた身としては、何でもない風を装って会話を続けるのはキツイ。
「嫌いになった訳じゃないけれど、今、ちょっと忙しいんだ」
女の言う、いいお友達の距離感が判らない。いくら年下といっても、二十代半ばの女だ。そのくらいはこちらの気持ちを慮って欲しい。
好意はあるが、それを受け止めてもらえることを期待しないでい続けられるほど強くは無いのだ。
「悪いけれど、ちょっと距離を置きたい」
「いいわよ。もうそれが本音なんでしょ。やらせない女になんか興味ないんでしょう」
言い捨てて通話が切れる。再び地下鉄へと乗り込む朔の足取りは、非常に重かった。

「杵築。終わったのか」
重い足を引きずって会社へ戻るエスカレーターでポンと軽く肩を叩かれる。振り向くと、久遠が背後に立っていた。
「はい。日報は上げたので、終了報告さえすれば」
地下鉄内で日報は仕上げて、メールで送ってある。後はノートパソコンを戻せば業務は終わりだ。
「疲れた顔してるな。飯でも食いに行くか」
冷や汗なのか、額に張り付いた前髪をかき上げられる指先に、ほっと息を吐く。甘えてしまいそうな心を振り払うように、朔はゆるく首を振った。
「いえ。結構です」
駅ビルの一部になっている二階までの共有スペースを通り抜け、奥のエレベーターに乗る。そこからはビジネス階への直行エレベーターだ。
「遠慮しないの。吐きだしちゃいなさい」
二人きりになったエレベーターの中で、久遠はがらりと女言葉で話しかけてくる。それに思わず振り向いた。
「そんなに辛そうな顔してると、幸せが逃げちゃうわよ。一方的で悪いって思ってるなら、今日はアタシの愚痴にも付き合いなさいよ」
悪戯っぽく笑って、おどけたような久遠に、朔はやっと笑顔を浮かべた。
退社して、連れだって向かった先は、会社から地下鉄で一本の駅から通路でつながった駅ビルの一つだった。いくつかの店が並んでいて、そのどれかに入るのかと思いきや、奥のエレベーターへと乗り込んだ。
降りた先に並んでいるのはどう見ても一般のマンションの入り口で、朔は足を止める。
「あの、主任。ここって主任のお宅ですか」
「ああ。ちょっとみっともない愚痴なんでな。あまり他には聞かせたくないんだ。他に話せる場所はあの店しか無いし」
それは朔が嫌だろうと促される。確かにあの言葉使いを居酒屋なぞでやられたら、衆目集めまくりだろうし、かといってあの店にもう一度と言われたら、ちょっと考える。
結局、促されるまま久遠の自宅へと向かった。
「どうぞ、いらっしゃい」
ドアを閉めると同時に、久遠はほっとしたように笑う。その笑顔に、朔はさっきまでの外向きのものとは違う何処か力が抜けたようなものを感じた。
「お邪魔します」
部屋へ入ると、対面式のキッチン、小洒落たソファセットにローテーブルと、綺麗に片付いてはいるがホテルみたいで寒々しい感じの室内だった。
「すごく綺麗なお部屋ですね」
「そんな微妙な顔して言われてもね。二週間前くらいに片付けたばっかりよ。恋人と別れたの。お揃いにしていたのを片付けたら随分すっきりしちゃったわ」
どうにも取り繕えなかったのを見抜かれて、朔はいよいよもって微妙な顔つきになる。
「まぁ、アンタに言ったのも、自分に言い聞かせているようなもんね。そいつにとってはタダで泊れて生活の面倒まで見てくれる、都合のいい相手だった訳」
寂し気な後姿は振りむいた瞬間には笑顔を浮かべていた。
「ホットウィスキー。呑める?」
「いただきます」
湯気の立つ暖かそうなウィスキーにレモンが浮いている。一口含むと腹の中まで温まるような気がして、緊張がほぐれた。
「簡単なもので悪いけれど」
「いえ、そんな気遣いは」
「アタシがつまみたいのよ」
いくつか並べられる皿に、慌てた声を上げる朔に呆れたような久遠の声が重なる。
「さーて。暗い顔の訳を聞かせてもらおうじゃない」
「き、今日は主任からどうぞ」
「アタシ?」
意外な言葉に久遠は本気で首を傾げた。
「前回は俺の愚痴、聞いてもらうばかりだったので。今日は主任から」
どうやら本気でそう考えているらしい朔に、久遠は内心ちょっと心を動かされる。確かに鬱屈してぶつけたいものはあるが、それをこの純朴そうな青年に愚痴るのはどうなのか。
久遠の恋愛対象は男である。ノンケであろう同僚に聞かせるには、刺激の強すぎる内容だろう。褌パブで目を白黒させていたくらいだ。あのパブも別に同性愛者だけが集まる店ではないが、マスターがゲイであるためどうしてもそちらの指向の連中が集まりやすい。
「アタシの話はちょっと酒入らないと言えないわね。正気なうちに杵築の話、聞かせてちょうだいな」
酔っ払いの戯言程度に流せるような話ならしてもかまわないかもしれないと、久遠はまず暗い顔で死んだ目をしていた同僚の話を促した。

NEXT

FC2 Blog Ranking
完結小説一覧
スポンサーサイト
*Edit TB(-) | CO(-)  Tag List  [ 小説 ]   [ メンズラブ ]   [ リーマン ] 


Back      Next

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。