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どうでもいい男(ひと)<4> 

「いてぇ」
ぐらぐらする頭に、呑み過ぎたことは理解出来たが、明らかに自分の部屋ではない場所に、朔はぐるりと周囲を見回した。対面キッチンと明るい色のソファーの応接セット。ソファーの上には畳まれた毛布がある。
朔は顔を青褪めさせた。自分が寝ていたのは大きめのベッドだ。
「あら、起きた?」
少しだけ汗ばんだ額を拭いながら、開いた扉から久遠が入ってくる。ランニングにジョガーパンツの姿を見るに、どうやら運動をしに行っていたようだ。
「すみません、主任! 俺、ベッド占領してしまって」
「いやだ、二人して落ちちゃったからねぇ。今度は気を付けないとね」
朔の大仰な謝罪を軽くかわして、久遠がキッチンへ立つ。
「朝ごはん抜く派?」
「食べる派ですが……」
「ごはんでいい?」
どうやら食事の支度をはじめるらしい久遠に、朔はとんでもないと頭を振った。
「あ、いえ。お気遣いは嬉しいですが、もう失礼します」
「何処に住んでるか知らないけれど、今から家帰って着替えて出社したら、遅刻するんじゃない?」
別にそのまま出社したところで支障は無い。朔には久遠が云いたいことが判らなかった。
「女って結構見てるもんよ。同じ服着て出社とか、何を言われるか。変に絡まれたくなければきちんと身支度して頂戴」
溜息を吐きつつ諭されて、朔はゲッと顔をゆがめる。同時に昨夜の電話口の捨て台詞を思い出し、素直に好意に甘えることにした。
「ワイシャツ、アタシのじゃ裾はともかく、腕が余るわね。これで調整して。それと、酒臭いからシャワーは浴びてきてちょうだい。その間に食事作るから」
至れり尽くせりの久遠に従いつつ、朔は居ついたらしい男の気持ちが少しだが解る気がした。無意識にだろうが、何処か人を甘えさせるような雰囲気が久遠にはある。
「不味いな。これ以上甘えないようにしないと」
シャワーを浴びつつ声に出したのは、改めての戒めでもあった。確かに女が何を考えているか判らなくて疲弊はしているが、だからといってこのまま久遠の好意に甘え続けてはいけない。
「都合のいい人にしちゃ駄目だろう」
昨夜の久遠の愚痴は酔っていた所為か、殆ど覚えていなかった。だが、そのあいまいな記憶の中で残っているのは、『お互いに都合のいい相手だったってことよ』と寂しげに呟かれた言葉と久遠の辛そうな表情。
優しくしてくれた久遠に返せるものは何かあるだろうか。

「おはようございます」
顔を上げてフロア内を見回すと、こちらを睨むように見てくる女と目が合った。不快な顔をしそうになった朔だが、気を取りなおしてスルーを決め込む。と、目の端で女がぷいっと横を向いたのが判った。子供のような仕草に苦笑を抑えきれない。ああいう仕草さえ、付き合っている頃は可愛らしいと思えていたものだが、今では単なる我が侭にしか見えないのだから、我ながら現金なものだ。
心に出来た余裕は久遠のお陰だ。
気を引き締めて仕事に向かう。昨日までのように仕事に逃げるのではなく、きちんと取り組もう。朔はそう考えて机に着く。いい年をした大の男なのだ。引きずるのもいい加減にしないと、とそう朔は自分自身に言い聞かせた。

仕事中は鞄の中に入れっぱなしにしている個人用のスマホにメールが入っていることに気付いたのは、本当に偶然だ。
たまたま資料を取り出した時にバイブに気付いたに過ぎない。取引先を出てから、スマホを確認すると案の定メールの相手はこの間まで付き合っていた女だ。
『今夜早いんでしょう? 何処かお食事いかない?』
女からの誘いは、この間までと何も変化が無い。ほとぼりが冷めればこれまで通りだと考えているだろうことは明らかだ。
『悪い。今日は先約がある』
そう打って、朔は少し考える。あまりに冷たすぎるだろうか。また逆ギレされてもかなわない。
『また誘ってくれ』
そう付け足した。友人同士ならば、普通に交わす約束だ。もっとも朔に応じる気はまったく無かったが。

翌朝、朔が出勤すると職場は異様な雰囲気に包まれていた。
朝の挨拶をしても、女性社員たちにじろりと睨むような視線を寄越され、男性社員には気のない返事をされるだけだ。
何かあったなと見当はつけたものの、朔に出来ることは無い。
「杵築。時間はあるか」
渋い顔をした部長に呼ばれ、朔は立ち上がった。嫌な予感しかしないが、逃げ出す訳にも行かない。
「座りなさい」
着席を促された部長室の応接セットの正面には、総務部長が汗を拭きながら座っていた。
「何でしょうか」
「とある女性社員から訴えがあった。君からセクハラを受けていると言うんだが」
朔は眉を寄せ考えるが、思い当たる節は無い。だが、男が思う以上にその問題がデリケートなものであることも知識としてはある。
「どのような発言でしょうか。まったく覚えがないのですか」
「立場を利用して、女性に交際を迫ったことはないと?」
ひっきりなしに流れる汗を拭う太った総務部長のおどおどした目を、朔は真っすぐに見返した。
「はい」
そういう手を使ってきたかと朔は呆れる。余程、断ったことが気に入らないと見た。
「結婚を考えて真面目に交際をしてきた派遣の女性はおりますが、先日断られました。メールもラインも記録を提出してもかまいません」
「見せてもらってもいいかね」
胡乱な視線で眺める営業部長の視線にも、朔は堂々としたものだ。
「席にありますので、取ってきます」
扉を開くと、フロア中の視線が集中する。確かに三十半ばの独り身の男だが、そこまで困ってはいないつもりだ。
鞄からスマホを取り出していると、肩を叩かれる。
「杵築。疚しいことなんか無いんだ。堂々としとけ」
振り向いた先には、いつもはダル気な久遠の厳しい視線があった。
「はい」
「よし」
大きくうなずいた朔の背中を大きな手が押す。その温かさに促されるように、朔は表情を引き締め顔を上げた。

「だから、気を付けなさいって言ったのよ!」
「すみません、主任」
叱咤する声と同時に開いた扉に店の中の数人が顔を上げるが、なじんだ常連の姿に視線を戻した。
「倉田。ワンフィンガー。スライスサラダとソーセージ頂戴。ほら、アンタは何頼むの」
「ビールに俺もソーセージで」
そこらに褌姿の男たちがうろついているのは気にならないと言えば嘘になるが、朔としては久遠の気が抜ける店にしてくれということで、褌パブに落ち着いた。
「ラインやメールの履歴はそのままだったんで、助かりました」
「まったくよ。アンタ肝心なこと黙ってたわね!」
逆ギレされたことは愚痴ったが、『やらせない女に用は無い』発言はさすがに品が無いと言わなかったのだ。
「そんな台詞を吐くような女よ。アンタが断れば『せっかく誘ってあげたのに』ってキレるに決まってるじゃない。アンタ、まさかと思うけど童貞なの」
久遠のあまりの勢いに、倉田と呼ばれた店員が無言で酒を置いていく。その置かれたビールを煽った朔が噴出した。

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