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どうでもいい男(ひと)<5> 

咳混む朔を久遠が呆れたような視線で見下ろす。
「な、なな」
何を言ってるんだこの人は。言い返そうとした言葉は咳で喉の奥に押し戻されて出てこない。
「その調子だと違うのね。あんまり初心だから勘違いしちゃったわ」
「初心って、俺は三十過ぎたおっさんですよ。勘弁してください」
「だから、アンタがおっさんならアタシなんかじーさんだって、何回言わせるのよ」
明後日な反論に頭を抱えた久遠は、より一層呆れとともに突っ込みを入れていた。
「課長はじーさんとかじゃなくて、頼りがいのある大人の男だと思いますが」
「オネェだけどな」
どうやら話を聞いていたらしい店のマスターがぼそりと呟く。それにじろりと一瞥をくれて久遠は朔に向き直った。
「とりあえずは明日からだわね」
「何もやる気はありませんよ。どうせあっちも期限までもう少しですから」
落ち着いた風情の朔の頭を久遠がぺちりとはたく。
「あの女が何も仕掛けてこなければね。多分、いろいろ言って回るでしょ。アンタすごく居心地悪くなるけど、ホントに大丈夫?」
朔は神妙な面持ちでうなずいた。今朝出社したときの状況を考えてもそうだろうというぐらいの予想は付く。
おそらく自分を盛大に被害者にしているだろうし、可愛らしい女と三十半ばのガタイのいい男のどちらを信用するかと言えば明白だ。しかも上司に呼び出された上での無罪放免となれば、会社ごとセクハラのもみ消しと言う目で見られているだろう。
「これで誰も信じてくれないならきつかったですが、幸い上司も信じてくれましたし、久遠さんもいますから」
朔の手にしたグラスの中の氷がカランと揺れる。映し出される顔は自分でもわかるぐらいの不安で一杯だった。
「馬鹿ね。強がるのもいい加減にしなさいよ」
久遠が朔の短い髪を梳くように頭を撫でる。その手に逆らうこともなく頭を委ねる。男らしい大きな手は温かくて朔の落ち込んだ気持ちを持ちなおさせてくれた。
「今日も泊っていく?」
何気なく掛けた声に首を振る。そこまで甘えられない。
「いえ。今日は帰ります。すみません、連日で」
手にした酒を飲み干した朔が席を立つ。そのまま頭を下げて立ち去る朔の背を久遠はじっと見送った。
「おやおや、宮ちゃんにしては随分と消極的だな」
「アンタじゃあるまいし。見ての通りのノンケよ。上手くいく筈ないじゃない」
店のマスターが掛けて来た言葉に、久遠は殺気交じりの視線を投げかける。中性的な美形のマスターは、今でこそ恋人と真面目な付き合いをしているが、一時期は入れ食い状態で遊んできた男である。それこそ、こういう美形ならばワンチャンあるかもしれないが、ゴツイおっさんの自分などいい友達にはなれても、恋愛感情など抱きようも無い。
「今なら付け込めるだろうよ」
「そんなの知ってるわよ。アタシの売りってソコじゃない」
甘やかすのは得意だ。弱っているところならば押せばいける自信はある。男の性を逆手にとるぐらいは出来るだろう。だが、結局はそこまでだ。
嫌気がさすのはすぐだろうし、我に返った後は同じ会社でひたすら気まずいだけだろう。
「ノンケじゃ先も見えてるわ。アタシ分の悪い賭けはしないわよ。アンタらの娯楽なんてまっぴら」
厳しい目で周囲を見回した久遠に、バツが悪そうに数人が目を伏せた。どうやら賭けのネタにでもしていたらしい。
「アンタも相手がノンケだったなら解るでしょ」
「まぁな」
人の悪い笑いを閃かせる様も魅力的だと認めざるを得ない男だが、どうやら同意はしてもらえたらしい。
「特攻するのは御免よ。玉砕覚悟とか馬鹿じゃないの」
「時にはそれも必要かもしれんぞ」
手の内のグラスをもてあそぶ久遠をマスターが煽る。
「止めて頂戴。アンタはアンタの可愛いアリスちゃんと勝手にやってて。アタシにまで求めないでよ」
盛大なため息交じりに吐き捨てた久遠に、マスターは肩を竦めた。そんな仕草も様になる男に久遠は諦めて、カウンターに紙幣を叩きつける。
「釣りはいらないわ!」
捨て台詞と共に歩き出した久遠の剣幕に扉までの道がさっと出来た。
同時に扉が開く。身をかわした久遠が目線を上げて固まった。
「お、すまねぇ」
久遠とそう違わないだろうガタイの大きな男が人懐っこい笑みを浮かべて、するりと隣をすり抜ける。
「久しぶりっすね、ゆきさん。早川さんと待ち合わせっすか」
カウンターの内側から、倉田が気軽に声を掛けるのは、この店の常連の一人だ。ビルの一階にあるレストランのオーナー・早川の恋人である。久遠は少しだけ苦い思いを噛みしめる。はたから見る分には何がそこまで早川を動かしたのかわからない平凡な男。
この男で良かったのなら自分にもチャンスはあったのではないかとすら思える。だが。
「全てが遅いのよね。きっと」
行動できなかった自分が悪い。色々と言い訳をしながら動かなかったのは己自身だ。ビルの外へ出て、まだ冷たい空気に触れると人恋しさがいや増す気がする。
久遠の脳裏を過ったのは、すれ違った男の恋人の整った容姿でもなくこの間まで共に過ごした男でもない。どこまでも信じやすいお人よしの同僚の気弱な微笑みだった。
「また見込みの無い相手とか、ホント馬鹿だわ。アタシ」
恋に落ちた自覚をしっかりと抱えたまま一人寝の自室を目指す。久遠の足はひたすら重かった。

快速に乗って流れていく外の景色を眺める。とてつもなく身体が重いのは朔の気持ちが落ち込んでいるからだと言う自覚はある。
もうすぐ春だとうきうきしていた気分はとうに吹っ飛んでいたが、早く春になって欲しいと願うのは派遣の女の期限が来るからだ。針のむしろもあと少し。そうすれば久遠に頼ることも無くなるだろう。
一度広まった噂は中々消えはしないが、真面目に応対していけばそのうち誤解も解けるだろうと、自分でも甘いと解る考えにいよいよ気分が重くなるのを禁じ得ない。
「絶対に何かあったら相談しなさいよ」
不意につい最近まで言葉を交わすことも無かった上司の言葉が耳によみがえる。
「男同士の約束よ」
しっかりと念を押す野太い女言葉は、最初こそ違和感ばかりだったが、今では男言葉の方が久遠に似合わない気がする。
「はい。主任」
口の中でそっとつぶやいた。久遠だけは自分を信じてくれるのだと信頼することが出来た。
その信頼を何故抱くのかということさえ気づかない朔は、鈍いというよりも確かにお人よしと呼ぶのが相応しい男だった。

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