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転げ落ちた先のその先<転げ落ちた先に>番外 

「道が違うぞ」
「いや、花見に行こうと思ってな」
助手席から怪訝な声を上げた鈴木に、渥美は真っすぐに前を向いたまま答えた。二人で暮らす家に向かうのとは逆方向に向かった車に、すぐに違和感を覚えたらしい。
妙な忙しなさに追われる毎日の勤務をこなした週末。いつも以上に鈴木は痩せた身体に気だるさを纏わりつかせていた。その妙な色気を微かに発した姿を横目で眺めつつ、危うく見とれそうな自分を渥美は引き止め、ハンドルを握る手に力を込めた。
夕闇に沈み始める街を眼下に見下ろしつつ、埋め立て地を結ぶ湾岸の高速道を走る。その光景を見ながらも鈴木は言葉の違和感に助手席に預けた身体を少し浮かせた。
「花見?」
「ああ。数日前に取引先に行った時に見事だったんでな。お前にも見せたいと思って」
花、と口の中で単語を転がしながら鈴木はじっと考え込む。未だ寒さの厳しい二月の終わり。冬の華。
「椿か、夜に見るような場所があったか」
「まぁ、見てのお楽しみって奴だ」
何かを企んでいるような笑みは、普段上司然とゆったりとした表情を崩さない渥美が鈴木にだけ向けるもので、鈴木はそれに応えるような艶然とした笑みを浮かべる。
お互いに特別であることを知っているからこその、互いにだけ見せる顔は学生だった頃そのままの共犯者のそれだった。

「起きろ。そろそろだ」
ゆったりと揺らされて鈴木はうっすらと目を開く。とバックミラーに映った色彩に目を奪われた。埋め尽くされたピンクの花が灯りに照らされ、夜景に映える。
「さくら」
まさしく目が覚めるような光景に、鈴木はがばりと身体を起こす。道なりに植えられた桜がライトアップされて夜の闇に浮かび上がる様は、まさしく見事の一言に尽きる。
「今、二月だぞ。何処まで来たんだ?」
「三浦」
「三浦?」
会社からそう離れていないどころか、充分に通勤圏の地名に鈴木は目を見開いた。渥美は先週から出張などしていない。となれば、見たのは数時間で往復できる範囲ということだ。
「河津桜か、すごいな」
「知ってたか」
「聞いたことはあるが。こんな近場で見事に咲いているとは思わなかった」
静岡の河津が原産の早咲きの桜は、通勤圏の道なりに植えられている染井吉野に比べると色が濃く、宵闇に映える。
「時期が長い所為か、結構満開の時期がずれるらしい。最初、何の花だろうと思った」
「桜なんぞ、木を見りゃ解るだろう」
あっさりと断じられて、渥美は苦笑いを浮かべた。学生時代の先輩でもあるこの男は、興味を持ったらとことん知識を入れるし、物覚えもいい。だが、頭のいい人間にありがちな自分を基準にして見る癖はどうしようもなかった。
そんな渥美の内心など知る筈もなく、鈴木は目の前に広がる光景に目を奪われている。
「なぁ、近くで見たいんだが。何処かで車止められるか?」
「もう少しで駅に着くから、ちょっと待て」
好奇心に逸る心を抑えきれないらしい鈴木に、渥美は意外に思いつつも待ったを掛けた。駅前にある背の低い木ならば、身近で眺められるはずだと事前に調べてある。
近くのパーキングに車を止め、徒歩で駅へと向かった。渥美の頭よりも低い位置にある花は、鈴木も目の前で見ることが出来る。
「やっぱり花の色が濃いな。親は緋寒と大島だったか。自然交配って話だが」
花に触れながら、あちらこちらと見比べている鈴木は夢中になると人の話など聞いていない。これは気が済むまで好きにさせるしかないと、渥美はひたすら傍観を決め込む。
さすがに寒いと自販機で買った缶コーヒーを鈴木のコートのポケットに突っ込むと、自分は背後で風よけになりつつ缶コーヒーをすすった。
「……、っしゅん」
気の抜けたくしゃみをした鈴木に、渥美はようやく声を掛ける。
「ほら、気は済んだだろう。ちょっと温まろう」
「え? こんな場所に店なんて」
我に返ったらしい鈴木が、昼間はそれなりに賑わっていたらしい閉まった露店のテントの残る駅前を見回しながら、渥美に視線を戻す。
「お前が桜に夢中になってたお陰でレストランは閉まったけどな」
関東とはいえ余程の中心街でも無ければ、駅前の店など九時を過ぎれば閉まってしまう。
「女王陛下をお連れするような店じゃないが、魚は美味かったぞ」
さりげなく手を鈴木の背に回した渥美が鈴木を伴ったのは、駅前にある居酒屋だ。
「席空いてますか」
「いらっしゃい。お客さん、二人? カウンターなら空いてるよ」
愛想のいい中年女が二人して声を上げる。
「ああ。構わない」
珍しく鈴木が返事をした。
「車なんで酒は呑めないけど、食事出来る?」
「残念だけど、マグロは売り切れ。しらす丼ならあるわよ」
問い掛けた鈴木への答えは明快なものだ。三崎と言えばマグロとしらすが有名である。
「じゃあ、それ。卵焼き美味そうだな」
「二人分?」
「いや、俺は煮つけとおでんにしよう」
小食の鈴木に丼一人前が入る筈もない。渥美はさっさと他のものを頼んだ。
姦しいくらいの周囲の喧騒も、鈴木はあまり気にならないらしい。それとも未だ早咲きの桜に気を取られているのか、ゆったりと外の風景を眺めている。
「随分気に入ったみたいだな」
「自然交配っていうのに興味はあるな。株によって開花時期も大分ずれるんだと。桜っていうのは大抵は交配種で同じような変化を遂げるから珍しい」
どうやら、時折ある渥美にはまったく判らない興味の範囲らしい。
「一軒家なら一株欲しいところだ」
「家まで買う気はないぞ」
鈴木の我が侭ならば大抵は聞くが、それはさすがに論外だ。
「いや、俺もそのために数千万出す気は無い」
さらりと言った鈴木にそれなりの貯えがあるのを思い出し、渥美はほっと胸を撫でおろした。綺麗だったから見せたいと思っただけで、妙な研究心を持ち出されるとは思っていなかった。
「まぁ、毎年来れればいい。来年もその次もお前が連れてきてくれるんだろう」
さらりと落とされた爆弾に、渥美は必至で緩みそうな頬を引き締める。ごまかすために煙草が欲しい。鈴木の身体を考えて止めたのだが、それをこんな場で後悔するとは思わなかった。
「会社帰りに来れるからな」
伏せ気味にして表情を悟られないように、そういうのが精一杯。女王陛下は時折嬉しいご褒美をくれる。

≺おわり⋗

冬のお花見の話。春イベントの無配SSでした。新刊「転げ落ちた後で」ということで、渥美×鈴木。

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