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どうでもいい男(ひと)<8> 

「まさかとは思いますが、今どき男女で踊るとか不健全などと言い出される訳では?」
「恍けるのは止めたまえ。君がこの店へ出入りしていると証言があった。証拠もある」
不思議そうな顔で聞き返した久遠を、部長は頭から湯気でも出そうな勢いで怒鳴りつける。差し出された写真には覚えがあった。
「はあ? この写真は?」
男が二人で寄り添って『会員制パブ・将』と書かれたドアを開けている写真。後姿は確かに久遠だ。
「とある社員から提出されたものだ」
ドヤ顔の部長には久遠は煙たがられている。この機会に放り出す気満々だろう。
「一緒にいる相手に言及するのは止そう。とりあえず、外向きの仕事には君は不向きだと判断した」
「部長」
久遠が静かに写真を手に取った。
「この写真でその判断を下されるとのことであれば、私としては名誉棄損で訴えさせていただきますが」
よろしいですか?と言外に含みつつ、久遠は強い視線を上げる。それに気圧されたように部長の視線が泳いだ。
馬鹿じゃないの。怯むくらいなら端から仕掛けなきゃいいのよ。
心の内で久遠がごちる。
「違うとでもいうのなら、反論したまえ。言い分が確かであれば考えよう」
巧みに自分の逃げ道を作る辺り、さすがに狸だ。
「こちらの店ですが、友人の店です。一緒にいる男は友人の弟です。具合が悪いと言うので送っただけです。これは彼が勤めている家電量販店にでも確認していただければ」
駅前の家電ショップへ向かったのは入れ替わりのためだ。久遠が頼んだのはひとつ、こちらが用意したスーツを着て、久遠と共に家まで帰るだけ。将の恋人であるアリスと朔の体格が似ていることを利用した。もっとも緊張していたアリスは本当に気分が悪くなって、より本物っぽくなった訳だが。
「カフェで親し気に食事をしていたという目撃証言があるのだが」
「別人ですね。その子は仕事中でしたから。それ以上はプライベートでしょう」
突っ込みたいような気配を見せる部長をしれっと退ける。今どき同性を恋人にしているぐらいで表だって騒ぐ商社などありはしない。だからこそ、部長も如何わしい店へ出入りしていた点を突っ込んできたのだから。
「しかし、この店は」
「友人の店ですから、食事はしますよ。パブですし。私の通っているダンスホールは同じビル内ですから」
会員制という文字から何やら変な店でも想像したのだろうが、褌を楽しむ至って健全(?)な店である。
「しかし」
「一度おいでになりますか。友人も疑われたのは不本意だと思いますし」
何なら一度見るかとにっこり笑って誘う久遠に明らかに部長の腰が引けるのが判った。同性を恋人にしていると匂わせた男と一緒に『会員制』の店へ行く度胸など、この偏見に凝り固まった上司にある筈が無い。
「いや結構だ。疑いは晴れた。席へ戻りたまえ」
胸をそらして虚勢を張る上司に、久遠は一礼して背中を向けた。ドアノブを回したところで、ふと思い出したように振り返る。
「部長」
久遠の呼びかけに、ビクリと身体を固くするのが可笑しすぎる。
頼まれたってアンタなんか勘弁よ。明後日の方向の心配をしているらしい上司にうんざりしながら、久遠は机の上にある写真を指差した。
「いただいてもよろしいでしょうか。友人も弟さんの写真を赤の他人に握られているのは嫌だと思うので」
「あ、ああ」
久遠の当然の主張に、拍子抜けした顔の部長が差し出す写真を受け取り、再び久遠は頭を下げる。内心舌を出しつつ、部長室を後にした。
「久遠主任」
部長室から出て来た久遠に声を掛けたのは、青褪めた顔の朔だった。
「ああ。心配いらん。誤解は解けた」
「そうですか」
下手なウインクをする久遠に、朔はやっと力を抜く。
「妙なことを部長に吹き込んだ奴がいたらしい」
態と目につく場所へ放った写真を、当然朔が目に留めた。
「あれ、これ」
思わず口に出た朔が口籠る。店のことを憚ったらしい。
「ああ。そっちじゃなくて、一緒に写ってる方」
「一緒に? これ店の子ですよね。アリスちゃんでしたっけ」
朔と良く似た体形で似せたスーツを着せてはいるが、思い込みが無ければ似ている程度で見分けはすぐに付く。朔も行くたびにマスターの傍にいるアリスのことは覚えていた。
「そう。会社で具合悪くなったからって将からヘルプ入ったからな。店まで連れて行ったんだ。何故か如何わしい店に連れ込んだ扱いされたがな」
隠す必要の無い会話だ。堂々とした久遠に朔も引きずられた。
「誰か後付けて写真を撮ってたらしい」
「主任。それストーカーで警察に届けた方がいい案件じゃないですか。ああ、だから」
どうやら付け回されているのがアリスだと勘違いしてくれたらしい朔は納得したとうなずいた。少しずつの勘違いなのだが、態と勘違いするように持って行っている久遠は朔の素直さに和むのと同時に罪悪感を覚える。
「二十も離れていると、さすがに心配らしくてな。」
久遠の言葉に嘘は無い。口にしていないことがいくつかあるだけだ。チラリと隣の課を見ると、派遣の女は忌々し気にこちらを睨んでいる。
プライドを守るために築き上げた楼閣が崩れ落ちる未来が見えて、久遠は自然と唇の端がつり上がった。
これで脅しの切り札は無い。女であることを武器に使う女には二種類ある。女であることをアピールするタイプと、逆に男女平等でることを主張したがるタイプ。前者のタイプに関わらないことは簡単だし、後者の場合、理性的であれば会話は容易だ。問題は感情的な後者と、前者でありながら後者の主張をしたがる都合のいいタイプ。大抵が双方とも偏見と頭でっかちな価値観に縛られているから、引っ掛けるのは簡単だった。そして、女は御多分に漏れず都合のいい主張をしたがるタイプだった。

「サンキュー」
「思い切ったなー。匂わせて大丈夫なのか」
グラスを掲げた協力者に、久遠はご機嫌で自分のグラスを合わせる。
「これでもうちの会社は某大手財閥系の完全下請けよ。そんなこと出来る訳ないわあ。脅しも掛けたしね」
さすがに本音ではどうにかしたいと思っても、外面的に出来る訳がない。
「これきりだぞ」
渋々恋人の送り迎えを託したマスターは、苦りきった表情を隠しもしない。優しいアリスを純粋無垢なままにしておくから悪いのだ。
「もちろん今回きりよ。アタシだって弱みを全部見せて助力を乞うなんて一度で充分」
アリスのような優しい相手だからこそ通用する手段だ。普通なら付け込まれる。
「あの、宮さん。大事な方は助かったんですか」
「ええ。ありがとうアリス」
おずおずと久遠に話しかけるアリスの頭を抱え込んで髪を掻きまわすと、唯でさえあまり機嫌の良くなかったマスターの顔が渋いものになった。
「あ、将棋」
気付いたアリスが泣きそうな表情になって呼び掛ける。
「俺の心が狭いだけ。可愛い蔵斗を誰にも触らせたくない」
今までの苦い表情は何処へやら、柔和に笑うマスターに、周囲は勝手にやってろと言う気分だ。
さすがに恥ずかしくなったのか、アリスはさっさと引っ込んでしまった。
「頭撫でただけじゃないの」
「これでも我慢してるよ。宮もそのうち他人事じゃなくなるさ」
久遠に笑いかけるマスターの瞳は冷たい光を宿している。去るもの追わず。未練はあっても縋ることなどしたことはない。それが久遠広宮の信条だ。
それがなりふり構っていられない状況であるのは、今ひしひしと感じている。
ドアが開いた。
現れたのは会員制のパブには似合わない硬いスーツ姿の男だった。

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