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どうでもいい男(ひと)<10> 

その日の久遠の機嫌は最悪だった。
いつも通りに始業時間ギリギリに出社する。真面目な朔はすでに仕事を始めていた。
「おはよう」
挨拶の声に応えるのは様々だ。昨日の今日である。胡散臭げな視線を向けるもの、気にせずに挨拶を交わすもの、ひそひそと言葉を交わすもの。その中には派遣の女へ妙な視線を投げるものもいる。おそらくは呼び出しの前に嬉々として情報を広めていたのだろう。完全に仇になった行動力にひっそりと笑いが漏れるが、同時に対応を間違えば、あれは朔に対するものになっていたのだと思うと朝から背筋がぞくっとした。
「おはようございます。久遠主任」
声を上げた朔に、手を上げて応じると、ふいっと視線が逸らされる。照れ隠しというよりもひたすら視線を避けるようなそれに、かなり久遠はショックを受けた。
慌ただしく仕事に追われ、気付いた時には顔を合わせることも無く営業へと出ていた。帰社した時には既にフロアには誰の姿も残っていない。かなりショックだ。
勝算はあると踏んでいたのだが、見誤ったかもしれない。
好意の質を間違えたのか、それとも怖気づかれたか。どちらにしろ今日は出直しを図るしかないだろう。
「今までだったらすんなりと諦めてたのに。アタシも未練がましいわね」
ため息を紫煙と共に吐き出す。ほぼ吸うことは無い煙草だが、酒飲みの癖で持ち歩いてしまうそれはため息を吐くときには便利な小道具だ。トンと箱を叩いて二本目のフィルターを出すと、中で崩れた煙草の屑が舞った。
店へ行く気はとうに失せている。そのまま行ったところでいいネタにされるのは間違いない。賭けに負けたと認めるのはさすがに堪える。
数駅離れた場所にある都心のマンションは4階までは飲食店が入っているため、つまみに困ることも無かった。そのまま呑んだくれて寝てしまえとばかりにいくらかの惣菜を買い込んでエレベーターに乗る。軽い浮遊感に外へと視線を向けると、眼下には眩しい夜景が広がっていた。
沈んだ気分のままエレベーターを降りた久遠は、そこで足を止める。自室の前にがっちりとした体系とは裏腹に頼りなげに佇んだ影に、自身願望の投影かと思わず目を擦った。
「久遠主任」
男が久遠を呼ぶ。ここ数ヶ月ですっかりと耳に馴染んだ声は、低いが何処かすがるような響きを伴っている。こちらを気遣いいいのだろうかと迷いを含んだその声。
「入って」
平静を装った筈の声は震えてはいないだろうかと久遠は精一杯の虚勢を張った。朔を部屋へと押し込み、ドアへ鍵を掛ける。
自分をさらけ出すことを極端に恐れるあまりの癖だが、その音に朔の背がびくりと震えるのが解った。
「とりあえず上がって」
怯えているような朔の背を押すと、観念したように靴を脱ぐ。改めて性急だとは思うが、どうしても怖さが先に立った。
「何か呑む?」
「いえ」
幾度か招いたソファの定位置に腰を下ろした朔は固まったままだ。
「取って食いはしないわよ」
「え?」
意外そうに眼を上げられて、今度は久遠が固まる。
「な、何よ。その残念そうな声」
「あの俺、すみません、その勘違いを」
真っ赤になって言葉を紡ぐ朔に、久遠は呆れと同時にはっきりと悟った。
「勘違いねぇ」
慌てて腰を浮かそうとする朔の隣に座る。逃がしたりなどするものか。腰を抱き込んで再び座るように促すと、身を離そうと必死で腕を突っ張る。
「すみません。主任、離してください」
「意地悪でごめんなさい。嫌われたかしらって思っていたから、つい。でも良かったわ」
腕の中でもがいていた朔の動きが止まった。正直、立派な体格の朔に本気で抵抗されたら久遠も成すすべが無い。
「嫌ってなんか……」
振り向いた朔の視線が、久遠を捕らえるのと同時に落とされた。
「いえ、すみません。そう思われても仕方がないです。実際逃げてましたから」
迷っている朔の言葉を待つ。
「久遠主任のことは好きです」
朔の言葉の意味を久遠は取り違えなかった。これは嫌っているかとの返答にしか過ぎない。
「ただ優しくされたから好きなのか、それとも助けてもらったからなのか。その意味を考えていました。正直、今でも迷ってます。都合のいい相手だから好きなんじゃないかって」
都合のいい人はどうでもいい人。都合が悪くなれば好きではなくなる相手。今度こそ間違いたくないのだ。
「答えは出たかしら?」
「出てません。でも、これ以上負担にだけなるのは嫌です。俺も返したい」
久遠はほっと息を吐く。真剣に考えてくれたのだ。
「じゃ、お試しで付き合ってみない? あんた男初めてでしょ」
「あ、当たり前です。男にこんな気持ち、主任が初めてで」
耳まで赤くなって反論する朔に、久遠はクスリと笑った。失意の後だけに浮き立つ心を抑えきれない。
「あとアタシ男なんだけど、そこ解ってる?」
覗き込むように瞳を見れば、途端に朔は視線を彷徨わせ、手を握ったり開いたりしている。明らかに挙動不審だ。
「最初っからそのつもりだったの」
「あの、俺さすがにそっちは初めてで、そのきちんと出来るかどうか、その」
しどろもどろで言葉を続ける朔に、久遠は間抜けに口を開いたままだ。しばらくして漸く事態が飲み込める。
「もしかして、やり方調べたりしたかしら」
朔がうなずいた。あまりに可愛すぎてくらくらする。落とすつもりが落とされそうだ。
「アンタ、天然なの。それとも計略でやってんの」
ちょっと表情を引き締める。カッコよく口説きたいのは本音だ。
「一応、誘ってるつもりはありますけれど」
「さらっと言わないでよ。ちょっとショーゲキだわ」
ノンケの口から、まさか誘ってるなんて言葉が飛び出てくるとは。久遠は緩む口元を抑えきれずにいた。好意を持たれている自覚はあったが、性的な意味でのそれとは違うと思っていたのだ。もちろん意識をすり替えるくらいのことはするつもりではあったのだが。
「じゃあ、試してみる?」
「はい」
衝動的に手を出すつもりは無いが、快楽で流されてくれればそれでもかまわない。
久遠は改めてソファに座る朔の手を握った。震えている拳を包み込むように上から手を重ねる。
「主任」
「主任なんて色気の無い呼び方止めてちょうだい。ひろみ、よ」
拳を解き、指を絡ませた。耳元へ熱を吹き込むように囁くと、くすぐったいのか少しだけ抵抗された。
「ほら呼んで。はじめ」
「ひ、ろみ」
甘い低温を響かせて囁く久遠の声は、やたら色気があって女言葉が似合うような似合わないような妙な気分だ。名を呼ばれて、朔はくすぐったい気分だった。
「朔」
首筋を熱い唇が這う。耳を食まれ、そちらに気を取られていると、いつの間にか指先が悪戯をするようにジッパーを開いて下着の上から股間を弄っている。
不思議と嫌悪感は無かった。
元々、同性同士に耐性があるのか、それとも相手が久遠だからなのかは朔には解らない。
じんわりと下着に精が滲む。
「ちょ、これ以上は、主任ッ」
「主任?」
抵抗を示す朔の唇を久遠が塞いだ。

多分、次回で終わり。
続きは再来週NEXT

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