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雨に濡れても<2> 

「俊司さん。開けてください」
いつしか外は静かになっていた。だが、開けるとソコに仁田がいそうで、身体を洗った後も、ひたすら風呂に入り続ける。
そこに、掛けられた馴染みのある声に、俊司はほっとして風呂場の掛け金を外した。
「俊司さん。何で、そんなところに立てこもっているんですか?」
篤志の柔らかな視線に見つめられて、俊司は躯の力が抜けるのを自覚する。ふらりと倒れかけた躯を、篤志のがっちりとした腕が抱きとめた。
「こんなになるまでお風呂に入っていたんですか?」
「しつこい奴で、ずっとドア叩いてたから」
抱きとめられて、正直に告白した。柔らかく篤志が微笑む。
「怒りませんよ。貴方は病気なんですから」
雨に濡れる桜を見ると、あの日を思い出す。
ゲイだと知った途端に、親にも友人にもそっぽを向かれた。俊司には仁田しかいなかった。
「でも、僕が嫉妬深いのは知っているでしょう? 他の男の匂いなんか消してあげますよ」
その仁田もいなくなった今、俊司に残ったものは目の前の男だけだ。
「あ、篤志……」
若い篤志に引きずられるように寝室へ連れて行かれ、痩せた躯をベッドに放り投げられる。
「今日はどんなに俊司さんが泣いても許してあげません」
「あ、でも仕事が―――」
中年で体力の無い自分の躯を週末にいいようにされたら、月曜は仕事にならない。俊司はさすがにソレは不味いとストップを掛けようとした。
「課長」
耳元で囁かれた呼びかけは、より一層俊司に我を取り戻させる。
「仕事は僕が頑張りますから。課長の分まで。だから、今は忘れてください」
篤志は、俊司をなだめるように抱きしめる腕に力をこめた。



「あの、樋川さん。ご相談があるんです。今日、夕食付き合っていただけませんか?」
おずおずと篤志に声を掛けたのは、先日の移動でサービス部に移ってきた各務咲子だ。
可愛らしい容姿の彼女は、短い期間にいろいろと各部署を移動するので、うわさの的でもあった。
曰く、取引先のご令嬢が結婚相手を探しているというものだ。
その咲子に声を掛けられたとあっては、大抵の男は無理を通してでも行こうとするだろう。
だが、あいにくと樋川篤志はその大抵の男には属さない特殊な人種だった。
「申し訳ありませんが、今日は残業が入っています。お昼休みではいけませんか?」
物言いはキッパリと、それでも完全に断ることは無いのが、篤志の優しいところだ。
脈は無いのを知らせつつ、本当に相談なら断りません。と態度が示している。
こういう女性の常として、プライドは山よりも高い。断られると解ったら、告白どころか『せっかく誘ってあげたのに』と態度がころりと変わる。
咲子もそうだった。
「それでしたら結構です。お忙しいところ、申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げて帰っていく咲子を見送りながら、俊司はほっと息を吐く。
元々、篤志はノーマルな男だ。いつ、女性の方が良くなっても仕方が無い。
そのときは、綺麗に身を引くつもりでいるのだが、それでも、それがいつになるのかと不安が頭を過ぎった。
仁田と別れた後、俊司は一人に決めることが怖くなった。だが、30も過ぎたおっさんをそうそう抱いてくれる相手なんぞ居るわけが無い。
そんなとき、新入社員として入ってきた篤志は、躯が大きい所為で豪快な人間だと思われがちな自分と素の自分とのギャップにストレスを溜めていた。
女性との付き合いもそうで、付き合ってしばらくすると、『樋川さんって、思っていたより細かい人だったんですね』と何度も振られていた。
俊司は、最初は上司として、そんな篤志の面倒をみた。
だが、素直に篤志が懐けば懐くほど、どうしようも無く惹かれるのを感じて、逆にストレスを溜めていった。
十も年下の、しかも部下の男――――自分は30過ぎて13年も付き合った恋人に振られるような魅力の無いただの中年男。
成就など望むべくも無く、ただただ気持ちを持て余すだけの日々。
そんな数年が過ぎる頃、また桜の季節がやってきた。
雨に濡れた桜の木は、仁田と別れた頃を思い出させて、どうしようも無く人恋しい。
俊司は、その時期だけどうしようも無く、その手のバーで男漁りを繰り返していた。


「あれ、主任じゃないですか?」
掛けられた声に、ほろよい気分で千鳥足だった俊司は、冷水を浴びせかけられたように、現実に帰った。
いつものバーで男を引っ掛けた後だ。ひとつ傘の中で自分の肩を抱くような男と歩いている最中に会社の人間に見つかるなど、間が悪すぎる。
掛けられた声に、気付かなかった振りをして男を促すが、いい加減酔っている所為で足元はおぼつか無かった。
「主任、付き合ってくださいよぉ~」
酔っ払っているらしい男に、腕を引かれて抱きしめられる。
そのときになって、ようやく俊司は酔っ払いが篤志であることに気がついた。
逃れようとする俊司を、力強い腕は抱きこんだまま離そうとしない。
「俺、またフラれちゃったんですよぉ~」
篤志は先週から経理課の新人OLと付き合っていたが、どうやらまたしてもフラれた様だ。
大柄な躯に似合わず、べそべそと泣き続ける篤志は周りの状況や、ここが男同士の歓楽街であることなど、まったく気付いていない。
俊司は仕方なく、自分にしがみつく男の頭を撫でていた。
「主任~」
それに感極まったらしい篤志は、ますます俊司を抱き締めて泣きじゃくる。泣き上戸もいいところだ。
いつの間にか、ふたりで抱き合ったまま、雨に濡れそぼっているのに気付く。
引っ掛けた男は、いつまでも篤志を振りほどかない俊司に愛想を付かしたらしく、傘ごと消えていた。
とりあえず、一緒にいてくれるぬくもりが欲しかっただけの相手である。逃げられたところで痛くもかゆくも無い。
それに、正気に戻った今、また男を拾いに行く気にはなれなかった。
「樋川。うち来るか?」
篤志ならば、セックス抜きでも俊司のそばにいてくれるだろう。篤志はぐすぐすとしゃくりあげながらうなずく。
それを横目で見やって、俊司はタクシーに手を上げた。


暖かなシャワーを浴びて、濡れた服を着替える。酔いはすっかり冷め切っていた。
冷え切った躯をホットウィスキーで暖める。
口の中にまろやかな味が広がった。
「何でいつもフラれるんでしょう?」
ホットウィスキーは口もすべらかにしたようで、篤志は率直な疑問をぶつけた。
「きっと彼女たちは樋川の豪快そうなところに惚れるんだろうな」
「でも、俺――――」
そうでないことは俊司は良く知ってはいたが、今回はそういう話では無い。
「そうなんだよ。本当の君は、優しくて繊細でとても真面目だ」
「そういう男はつまらないんだそうです」
「価値観の相違だな」
俊司は決してつまらないとは思わなかった。女性だとて、もう少し年を取れば『堅実で誠実な男の良さ』も解るだろうが、若い女にそれを理解しろと云っても無理があることも知っていた。
「勝手だと思いませんか? 誰も本当の僕なんか見てないんだ」
「僕、っていつもは使ってるんだな」
篤志の本音の部分に触れて、新しい発見をする。それはそれで楽しさをいや増すことだ。
「あっ、そうですね。主任の前だと自然でいられる気がして………。すみません。迷惑ですよね」
謝る篤志に、俊司はゆったりと微笑を返した。
「いや、迷惑なんかじゃ無い」
迷惑などではありえない。告げるつもりなど無いが、好きな相手にそうやって云われるのは嬉しかった。
「主任」
篤志の肩が震える。手を伸ばした俊司に熱い塊がぽたりと落ちた。声も無く泣いている篤志を、俊司は抱きしめたくて仕方が無かった。
「こんなときに主任と会えて良かった」
ぐいっと腕を上げて、涙をぬぐうと、篤志は無理やり微笑んでみせる。
「何でそんなに優しいんですか?」
「部下の相談に乗るのも、人生の先輩としての上司の役割だよ。それに君はとても真面目でいい青年だしね」
抱きしめる代わりに、俊司は篤志の頭を撫でた。
「そんな、主任。オジサンみたいですよ」
「みたいじゃなくてオジサンだよ。もう35だ」
大人しく撫でられながらも、子供扱いが気に触ったらしい篤志が抗議の声を上げる。
「今日は泊まって行くといい」
学生時代から変わらない住処は、1DKの8畳間だ。仁田が泊まりに来れるようにと選んだ広めの物件は、今は余計に一人のわびしさを引き立てていた。
「ありがとうございます。じゃ、遠慮なく」
今日だけでも一緒にいられればそれでいい。優しい笑顔を自分に向けて笑ってくれれば、それで。


「う…ん、っ?」
朝の光がまぶしい。
それから逃れる為に、寝返りを打とうとした俊司は、自分が誰かに抱きすくめられていることに気がついた。
また、何処かの男を連れ込んだだろうか?と、起き抜けの鈍い頭で考えたときに、昨夜のことが甦ってきた。
「あ…」
途端に自分を抱きすくめている相手が篤志だと思い当たる。逃れようと身をよじるが、篤志の腕は俊司をきつく抱きしめたままだ。
がっちりとした体躯には似合わない、優しげな風貌が目の前にある。眠っている姿は子供のようだ。
そっと指を伸ばして、高い鼻を辿るように触れる。一回りも年下の男の無邪気な寝顔を見ながら、俊司は奇妙な満足感を味わっていた。
「…ん」
ゆっくりと開いた瞳が、俊司の顔を認識したかと思うと、篤志はがばりと起き上がる。
「す、すみませんッ!」
目覚めはいいらしい篤志は、自分が抱きしめているのが、泊めてくれた上司だと瞬時に判断したらしい。真っ赤になって頭を下げた。
「ぼ、僕。つい気持ちよくて――――」
「まったく、抱き枕にするにはごつごつしてただろう?」
「え? いいえ、そんなことないです! いいにおいがしたんでつい」
抱きしめてしまったのだと篤志は云う。そんな錯覚を本気に取るほど、俊司は純情では無かった。どうせ、どこかの女と間違えたのだろう。
「いいよ、別に。それより、朝ごはんはどうする? 好き嫌いが無いなら食べていくかい?」
「え? 朝ごはん作るんですか?」
「一人暮らしだからな。誰が作ってくれる訳でも無い」
コンビニも長く利用していると飽きが来る。貧相な食事でも、自分が作ったものだと食べられるのは、人間の味覚の不思議なところだ。
「どうする?」
「い、いただきますッ」
重ねて聞いた俊司に、篤志は大きくうなずいた。


男の一人暮らしだ。食事はそう豪華なものでは無かった。どちらかと云えば、いかにもな男の料理だ。
飯とみそ汁。焼いたあじの干物、納豆。
だが、篤志はいたく気に入ったようだ。美味いうまいと朝飯を平らげた篤志が帰宅したのは、結局夕餉まで平らげた後である。
しかも、酒だの野菜だのを手土産に、週末ごとに俊司のアパートに訪れる様になっていた。
いつもの空しいセックスの後のような空虚さの無い満たされた時間は、俊司の精神を落ち着かせ、心を浮き立たせる。
まるで、学生時代に戻ったかのようだ。
家で食事をしたり、DVDを見たり、近所の公園で花見をしたり――――草野球も見に行った。
抱き枕のように抱き締められて目覚める朝は切なかったが、それでも俊司は満足していた。
好きな相手との大切な時間だ。欲張りすぎて何もかも駄目になるよりはマシだと思っていた。


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