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メガネの向こう<6> 

「酔い覚ましにコーヒーでも飲むか?」
「うん」
素直にうなずく杏を伴って、康利は自室へと戻る。
寮の部屋は至ってシンプルだ。
ユニットバスと簡易キッチンのついたワンルーム。部屋の造りはどこも似たようなものだ。
康利はこれだけは凝っている、インスタントでは無いコーヒーを用意する。豆はモカにした。少し酸味の強い方が、呑んだ後にはいいかもと思ったのだ。
コーヒーのいい香りが部屋中に漂う。
砂糖ひとつにミルクが多めが杏の好みだ。
マグカップを手にした康利が振り返ると、杏は座りもせずに、きょときょとと部屋の中を見廻している。
「杏。何見てるんだ?」
「うん。笠置の部屋って初めて入るから」
「寮の部屋なんて、何処もおんなじだろう」
「じゃなくってさ。俺たち、幼稚園の頃から一緒だったけど、笠置の部屋に入るのは初めてだろう」
云われて康利は、記憶を手繰った。だが、確かに遊びに来た記憶は無い。
「あれ、そうだっけ?」
「いつも、俺のところでさ。笠置、クラスが同じになったら、必ず俺の部屋に来るんだよ。クラスが別になると、一緒に遊びにも行かないのに」
くすくす笑う杏の前に、コーヒーを置いた。
康利と杏は、同じ幼稚園に通っていた幼馴染である。当然、同じクラスになったこともあれば、なれない時もあった訳で。
今では康利は知っている。どうすれば良かったのか。同じクラスではなくなったことで、康利と杏の関係が変わるわけでは無い。普通に誘えば良かったのだ。杏の隣に自分がいられないのが悔しくて、自分の目に入らないようにしていた。
「今も変わらないな」
自重するように、つぶやく。まったくもって、成長が無い。
「え?」
呟きが耳に入ったらしい杏が顔を上げた。メガネが真っ白に曇っている。猫舌の杏は、そのくせにホットのコーヒーが好きで、いつでも息を吹きかけて冷ましながら飲んでいた。
「猫舌なんだから、冷めるまで待てばいいだろう」
康利は云いながら、メガネを拭いてやる。
「熱いものは、熱いうちに飲むから美味しいんだろ?」
メガネを康利に拭かれながら、杏はそう反論した。確かにその通りではあるのだが、メガネにはキツイものがある。これが、うどんやラーメンだとどんぶりの位置を確認した後は、思い切って外してしまうのだが、飲み物はそうはいかない。
「そういう時だけは、コンタクトの連中が羨ましいな」
「うん。でも、怖くない? あんな大きなもの目に入れるの」
「ソフトレンズはでかいよな。でも、ハードコンタクトもいやだ。あんなの涙の力だけで着けてるかと思うとぞっとする」
「だよね」
二人して顔を見合わせて笑いあった。
メガネ越しの杏の瞳が目の前にある。
じっと康利を見ている杏のレンズには、康利の姿が映っていた。
「杏」
呼びかけるが、それでも杏のメガネには康利が映し出されたまま。
引き寄せられるように、杏の唇にキスをした。
そっと触れるだけのキス。
杏の体が、びくりと引かれる。
しまったと康利が顔をあげると、唇をこぶしで抑えた杏が、真っ赤な顔をして、康利を見ていた。
「悪い。つい―――」
下げた頭に、杏のこぶしが落ちる。
「馬鹿ッ!」
杏は何度も康利の頭にこぶしを振り下ろす。それは、子供が癇癪を起こしているのに似ていた。
実際にそんな気分だったのだろう。信頼していた友人に、あんなことをされて、怒らないはずが無い。康利は、ただ黙ってそれを受け止めていた。
杏の殴打が不意に止む。さすがに疲れたのか、杏は肩で息をしていた。
「やっちゃん」
久しぶりに杏が口にする、その呼び名は、懐かしくて優しい響きがする。
「やっちゃんは、『つい』あんなことしちゃうような人なんだ?」
込められた恨みがましい言葉に、はっと康利が顔を上げた。
興奮してメガネは鼻からずれ落ちている。零れ落ちる涙をぬぐいもしていないその顔は、はっきり云って、ぐちゃぐちゃだった。それでも、康利はその顔を可愛いと思う。
「誰でもいいんだろ? 経験豊富そうだしな」
涙にぬれた瞳のまま、じっと責めるように康利を見る杏に、もう嘘やごまかしは通用しなかった。
「誰でもなんかしない」
「でも、ついって云った」
「ああ。ついしちゃった。いけないと思ってたのに。杏だから」
告白は伝わるだろうか?
「俺? だから?」
「うん。杏だからだよ」
杏は康利の本音に、びっくりしたように、大きな目を見開いていた。
「どうして?」
「好きだから。ずっと、昔から杏が好きだ」
「ずっと?」
杏は顔に朱を散らせ、ずれたメガネを掛けなおす。目の前のテーブルの上の台拭きで、涙をぬぐおうとするのを、康利が止めた。
代わりに手渡された、ボックスティッシュで、流れる涙をぬぐい、鼻をかむ。
ちーんと間抜けな音が、狭いワンルームに響いた。
「ごめん。百年の恋も一瞬で冷めるよね」
散々、泣きながら殴っていた相手に、告白されて、杏はどうしていいか判らないのだろう。泣き濡れて、瞳が赤いのなら格好も付くが、実際の杏は、泣きすぎて、鼻の頭まで赤い。
ボックスティッシュでメガネを押し上げるように涙を拭く杏の姿は、一般的に言って可愛いとは云いがたいものだろう。
「杏」
逡巡しているらしい、杏のメガネの隙間に指を滑り込ませると、杏の体がぴくりと震えた。
当たり前のことだ。杏には晴天の霹靂と云う奴だろう。
幼馴染の男がこんなことを考えていたなんて。
康利はそっと、杏のまつげに付いていたティッシュのかけらをかざして見せた。
「やっちゃん」
安心させるつもりで康利が笑ったのに、何故か杏が赤くなる。
「杏?」
何だか反応がおかしい。康利の手におびえるような様子を見せる癖に、離れると、それが意外だとばかりに赤くなって見上げてくる。まるで、誘われているみたいだと康利はそんなことを思う。
「杏は?」
僅かでも可能性があるのなら、それにすがりたいのは人間の本性だ。
「俺?」
「杏は、俺に失望したか? それとも、幼馴染になんてこと考えているんだって軽蔑したか? 男同士なのにって、可笑しいと思うか?」
康利が問うのに、杏は即座に、プルプルと勢いよく首を振る。
「やっちゃんこそ、俺に失望しなかった?」
すがりつくような瞳で見上げられて、一瞬首をひねった康利だが、すぐにさっきの涙と鼻水の件だと気付いた。
「大丈夫だ。俺の好きは年季が入ってる。そんなことで失望なんかしない」
「良かった!」
にっこりと、安心したような杏の全開の笑顔に、康利は引き寄せられるように、口付ける。
杏の体が、驚いたように震えたが、それでもよりいっそう口付けを深くして抱きしめた。
それ以上、杏の抵抗は無い。
そっと杏の躯を横たえた。学生時代は、高校生の割にはずいぶんと小柄だと思っていたが、その杏も、長身の康利ほどでは無いが、それなりに身長も伸び、すっかりと大人の体型になっている。
それでも、康利は杏を可愛いと思う自分を止められない。
「やっぱり、俺が下?」
横たえた杏の上に覆いかぶさる康利に、杏が聞いた。
「俺は杏とそうなれるんなら、どっちでもいい。杏が良い方で」
「う…、」
当然の疑問だ。杏だって男である。だが、逆に康利を抱けるかと問われれば、明らかに杏の腰は引けていた。
「杏。どっちがいい?」
「いいよ。やっちゃんがしたいなら、それでいい」
「じゃ、ベッド行こう。ここじゃ、痛いと思うから」
「あ、」
康利に腕を引かれた杏は、既に真っ赤になっている。今から何をするのかということを、強く意識したのだろう。
「杏」
康利は、作り付けのぼろいが広さだけはあるベッドに腰掛けて、繋いでいた杏の腕を強く引いた。杏の躯が康利の腕に倒れこんでくる。
康利の腕に収まった杏は、恥ずかしいのか、もぞもぞと収まりどころを探していた。正面から抱きしめられているのは、嫌らしい。だが、躯を起こせば、喉元が康利の目の前だ。そこに唇を這わせると、今度はいよいよもって、ゆでだこのように真っ赤になっている。
それを康利の唇から遠ざければ、今度は背後から康利に抱かれることになる。
そして、くるりと元に戻ると、康利の興奮しきった雄を押し付けられて、杏は泣きそうな顔になった。
「変な刺激するからだ」
くすくす笑いながら、康利が云うのを、杏は泣きそうな顔のままで睨み付けてくるが、当然そんな顔ですごまれても、可愛いだけだ。
「やっちゃん、楽しい?」
「当然だろ」
楽しくないはずが無い。手に入らないと昨日まで決め付けていた杏が、康利自身の腕の中にいるのだ。これを断るような聖人君子には、康利はなりたいとも思わない。
もう一度軽いキスを交わして、杏のメガネを外した。
深くキスをむさぼるには、お互いのフレームが当たる。
枕元にメガネを置く間も惜しんで、キスを深くした。
杏の逃げ惑う舌を捕まえて絡める。それだけで達しそうな程、康利は己の幸福に酔いしれる。
「やっちゃん、メガネ外して。痛い」
そう云いながら、杏は腕で顔を隠している。痛いのが口実であることは判りきっている。
「当たらないようにする」
康利は腕を外して、杏の顔を見た。
「やっちゃん、やっちゃんは何時から俺のこと好きなの」
顔が見えた途端にいきなりそう聞かれて、康利は面食らう。
「意識したのは小学校の頃から。でも、杏が俺以外の奴と仲良くしてるのが面白くなかったのは、幼稚園の頃からだから、最初っからだな」
「ふーん、やっちゃん。趣味悪い。俺、幼稚園の頃からすごい度の強いメガネで、よくメガネ猿とか云われてたのに」
幼稚園の頃、大きなメガネの奥の、大きな目がうるんでいるのが、可愛くて仕方なかった。今なら、康利にもいじめていた連中の気持ちがわかる。
「あいつら、俺がいじめてやっただろ」
「それで、やっちゃん、いじめっ子だったんだ。何で俺には優しいのに、いじめっ子なんだろうと思ってた」
康利は、がっくりと脱力する。そこで自分が助けてもらったとはまったく思っていないところが、まぁ杏らしいと云えるのだが。
「杏」
肩口や胸元に、いくつも自分の印を残す。これ以上、脱力する台詞を云わせないようにするには、さっさとその気にさせてしまうに限る。
康利は、もう一度吐息まで絡めとる勢いで口付けた。


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