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水竜の騎士<2> 

食事は豪華すぎて、逆に食傷気味だった。
適当に済ませて立ち上がると、その後をずっと、敵意と憧憬の視線が追いかけてくる。落ち着かないこと、この上無いが、それも慣れるまでの辛抱だと考えた。
「リベア様。どちらへ?」
世話係りの少年が、目聡く見付けて、追いかけて来る。
「剣の稽古をしたいんだが、何処に行けばいい?」
「修練場でしたら、こちらですッ!」
少年はくるりときびすを返すと、リベアを先導して歩き出した。確かに、足元を見てはいなかったが、広い通路で誰にぶつかった訳でも無い。障害物もまったく見当たらない場所で、少年が不意に何かに足を取られた。
転びそうになった少年の腕を、リベアは寸でのところで掴んだが、そうでなければ多分頭から転んでいた筈だ。
「大丈夫か? 慌てなくていいから」
「リベア様、でも、僕…」
少年の横のテーブルに座った数人がにやにやしている所を見ると、わざと足を引っ掛けたのは明白だ。少年より年かさではあるものの、まだ見習いだろう。
「子供のいたずらを本気にすることは無い。今度は前をよく見ろ」
少年に言い聞かせるように、リベアは歩き出した。

「すまなかったな」
「え?」
リベアが謝ったのが意外だったらしい。少年はきょとんとして、リベアを見上げた。
「俺はあまり良くは思われていないようだな。俺の世話係なぞ、辞めてもいいんだぞ」
少年はぶんぶんと音がしそうなくらい、首をいきおい良く横に振る。
「いいえ! リベア様の世話係は、すごい取り合いだったんです。それこそ、何十人も候補がいて、最後には剣の試合になった程で」
「試合?」
「誰も引かなかったんで、マキアス隊長が仕方なく……それを良く思っていない人たちは確かにいますけど」
世話係を決めるのさえ、そんな大事になっていたとは初めて知った。
「じゃ、それで勝ったのか?」
「はいッ! もう嬉しくて。僕、リベア様が昨年の御前試合で準優勝なさったときから、いつかはお仕えしたいと思って、国境騎士団への転属願いも出していたんです」
「え?」
リベアは目を丸くして少年を見つめてしまった。少年の憧憬は『焔の剣の騎士』に向けられたものだと信じて疑わなかったのだ。
それが、自分自身に向けられたのだと知って、リベアは呆然としてしまった。
「俺はそれほどの人物じゃない」
「いいえ! 強くてお優しくて、時に厳しい方だと聞いています」
「聞いているって? 誰から?」
自分の評価は『焔の剣の騎士』になる前は、皇女のお気に入りの身の程知らずだと云うのがほとんどだった筈だ。
「父からです」
「お父上から? そういえば、名をまだ聞いていなかったが……」
「マーロウ・エデンです。バース・エデンの息子です」
第一騎士団は、近衛騎士団と並ぶ名門の騎士が多いところだ。そこの騎士見習いということは、そこそこ名家の子息たちなのだろう。
なるほど、自分への風当たりがキツイ筈だ。とリベアは納得した。
皇女のお気に入りの騎士だと云うだけで、実力も地位も無いと馬鹿にしていたのが、一転して皇女を救い出した英雄になったのだ。面白い筈も無い。
「バース隊長のご子息か。私の世話係などなさってよろしいのですか?」
いきなり敬語になったリベアに、マーロウの方が目を丸くする。ひたすら、地味に目立たずに勤めてきたリベアの習い性がそうさせたのだが、そんなことが、まだ若いマーロウに判る筈も無い。
「リベア様。敬語はおやめ下さい。父は父。僕は父の息子と云うだけで、ただの下っ端です!」
マーロウの怒りを滲ませた語気に、リベアははっとする。
「僕は、いつか実力で頭を下げられるような騎士になりたいんです。貴方のような」
近衛隊長バース・エデンの息子ではなく、自分を自分として評価してくれる騎士になりたいのだと。そう訴えたマーロウに、リベアは苦笑してしまった。
自分自身が、貧乏猟師のせがれだというのを気に病むあまりに、周りの連中がそんな自分を馬鹿にしているのだと決め付けていたらしい。
それこそ、周りの人間たちを馬鹿にしている。
あの御前試合で、自分を評価してくれる人間たちが少なくなかったように、『焔の剣の騎士』としての伝説だけでは無く、それで評価を変えた人間たちもいるのかもしれない。
「すまん。マーロウ」
「リベア様。騎士が世話係などに頭を下げる必要はありません」
「俺は、あいにく下層階級の出なんで、一般常識を心得ているんだ。自分が間違っていれば謝るのが当たり前だ」
使用人などに頭を下げる必要は無いなどという上流階級の常識は、一般的には通用しない。そう遠まわしに云って、リベアは笑った。
「判りました。リベア様に習うようにいたします」
それがリベアの流儀だと云うのなら、従うのが道理だ。心得たとマーロウも笑う。
「バース隊長はお元気か?」
城下に入った魔物たちを葬るのに、第一騎士団と共に戦ったとうわさで聞いた。
「殺したって死ぬような人じゃありません。城下に入ってきた魔物に傷を負わされましたが、ぴんぴんしています。きっと修練場で会えますよ」
マーロウが、くすくすとおかしそうに笑い声を上げる。
「リベア様はお気に入りですから」
そう笑い続けるマーロウの態度に、何がおかしいんだ?と思いつつ、深く考えることはしないのが、リベアの大雑把なところだった。



修練場は、塔に囲まれる吹き抜けの中庭のような位置にあった。東側に、第一騎士団。西側に近衛騎士団の居住している室がある。
どうやら、中央に位置する食堂や修練場は共同で使用しているらしい。
広いそこには、まだ人は少ないが、ここに全員が出てきたところで、充分なスペースがあるだろう。
国境騎士団の狭苦しい小屋のような修練場とは大違いだ。
「おい、リベア! リベア・コントラだろう」
いきなり掛けられた声に振り向くと、大柄な騎士団連中の中でも更にたくましい男が立っていた。いかにもな歴戦の勇士と云う風情は、近衛騎士団隊長という優美な職にも、皇子の剣の指南役と云う教師的な側面をもった役割を果たしている様にも見えないが、実直な人柄と、代々近衛の軍人である家柄とで、真面目に要職を勤める一角の人物である。
「バース隊長。お久しぶりで…、」
「挨拶なんぞ、どうでもいい。手合わせしろ。お前が来ると聞いて、待ちかねていたんだ」
外面通りに豪快な男は、リベアと手合わせしたくてうずうずしていたらしい。頭を下げる暇も無く、中央に引きずっていかれる。
「手加減抜きだぞ」
「それは、大変なことで」
大型の獣が舌なめずりをするように、バースが唇を舐める。手加減しないと云い放ったからには、本当に手加減しないだろう。ため息を付くように『大変なこと』と云ったのはリベアの本音だ。
腰の剣を引き抜く。厚刃の実用一辺倒の剣は、リベアが国境騎士団に配属された時に、尊敬する騎士から貰ったものだ。
一方のバースの剣も厚刃のものだが、こちらは柄に細かな意匠が施されたかなり凝ったものだ。いかにも、近衛の重鎮の持つのに相応しい剣だった。

バースが踊りかかるのを、腰を落として受け止める。
体格が違いすぎるのは、承知の上だ。
力比べをする気は無い。
絶妙のタイミングで引いたつもりだったが、すぐにバースに捕らえられた。
「まったく、逃げ上手だな。お前は」
「バース隊長はそんな逃げは許してくれそうにはありませんが?」
刀を返して、今度はリベアが打ち込む。
寸でのところで、その切っ先をバースが交わした。
リベアの兵士としては小柄な体躯には、余りそうなその厚刃の重みを、充分に生かして、それに体重を乗せてくるリベアの剣が、意外と重いのは、一度試合をしたバースには良く判っている。
下手に受け止めると、バースの大柄な身体でも、吹き飛ばされかねないのだ。
小柄な身体を生かして、自在に打ち込んでくるリベアの剣を、右へ左へとかわしながら、バースはじりじりと追い詰められる。
今のリベアの剣には、実戦を経験したものが持つ凄みも加わっていた。
だが、そんな攻撃がいつまでも持つものでは無い。
力任せの攻撃に出来た隙間を逃さずに、今度はバースが攻撃を仕掛ける。
一合、二合と打ち合い、双方ともが相手の隙を待つ。
一体、そんな時間がどのくらい続いたのか、随分と長い時間だったような気もするし、短いような気もする。
だが、自分の体力の限界が近いことだけは、リベアにも判った。
何しろ、体躯が違いすぎる。
肩で息をし始めたリベアに向かって、にやりとバースが笑った。
次の瞬間に打ち込まれる斬激を、リベアは相手に向かう形でかわす。
リベアがまさか自分の懐に向かって避けるとは、さすがのバースも思いつかなかったらしい。
バースの喉元にリベアの剣の切っ先が突き付けられる。
「参った!」
バースは大笑いをして、剣を投げ捨てた。
周囲からわぁっと歓声が沸く。
「すげぇ。ただもんじゃねぇぞ、あの新入り」
「あれだろ?『焔の剣の』」
「やるじゃないか」
「誰だ? 皇女のお気に入りの腰抜けだなんぞと云った奴は」
いつの間にか、バースとリベアの手合わせは注目の的になっていたらしく、兵士たちは口々に好き勝手なことをほざいている。
「まったく、腕を上げたな。黒の森の魔物相手はそうとうキツかったようだ」
「はぁ」
そう持ち上げられても、気の利いた台詞など、今のリベアに思いつく筈も無い。
「リベア様ッ!」
真っ青になったマーロウが兵士たちを掻き分けて現れた。手には薬草を手にしている。
「見せてください。まったく、手合わせで怪我をなさるなんて」
云われて初めて、リベアは自分が肩口に怪我をしていることに、思い至った。
ぎりぎりで最後の一撃を避けた時に、肩が熱いと思いはしたが、別段気にも留めなかった。
「そんな大げさなもんじゃ無い」
「後から痛み出したら、どうなさるおつもりですか? 黙って手当てされてください!」
「お前はまったく、母さんのような口を聞くなぁ」
叱り付ける様に、傷口に手を伸ばすマーロウに、隣でその父親がのんびりとした感想を述べる。
「しっかりしすぎている息子だが、兵士としてはまだまだひよっこだ。鍛えてやってくれ」
「はい。私で良ければ」
すっかり、父親の顔に戻ってしまったバースに、リベアは苦笑を隠しきれなかった。


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